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死神に鎮魂歌を

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 死神長、理人はレノイとは違って驚いた様子もなくただそう言って、再び座り込み散らばっていたリモコンを一つ一つ手にとって操作してまた捨て置く動作を繰り返す。その度に走っていた電車が一つずつ止まり、部屋の中に流れていた走行音が少なくなっていく。リモコンから目を離してまた志織に向いた時は全ての電車が止まった時だった。
「っていうかレノイ、色々話しすぎ。お前の考えは素晴らしいモノだと思うけどこうゆう事になるかもしれないんだからこれからは少しは考えろよ?」
「善処します」
「で、問題はキミか、高槻志織。どうしてそんな事言い出すんだい?」
「私、は。どうして自分が生まれてきたのか分からないんです。生まれた時から病院にいて色んな人に迷惑をかけて苦痛に苛まれて、それで得たと思ったモノが何一つ無いんです。だから自分が存在してる理由を見つけたくて、私が私でいられるなら死神でも何でもいいから」
「要するにキミのアイデンティティー、もしくはレゾンデートルが生きている間に見つけられなかったから死神になってそれを見つけたいってわけ?」
「え、た、ぶん」
「多分って何ー」
 志織の知識にはアイデンティティーもレゾンデートルという単語も無かった為、理人の言葉を頭で理解する事が出来なかったがそれでも感覚的に自分の言おうとしている事が理人に通じたとは感じた。
「ふぅん……。椿、この子の詳細データある?」
「ございます。十秒ほどお待ち下さい」
 レノイでもなければ理人でもない、ましてや志織でもない凛とした声が部屋に響いた。
 今まで理人と縦横無尽に走る列車に気を取られていた志織はハッとして声のした方向を見ると、部屋の奥。丈夫な木で出来た大きな机の横に女性が立っていた。志織と同じ黒目に腰までまっすぐに伸ばした黒髪。女性用のフォーマルスーツを着たその人は志織の中にあるキャリアウーマンの言葉そのもののイメージを見事に体現していた。
 その人、椿は手に持っていたファイルを捲り始めると本当に十秒ジャストで手を止め、そこから紙を引き出すと上手い具合に線路を避けながら部屋の中央まで歩いていって理人にその紙を渡すと足音も立てず元の位置へと戻っていった。
 一方の理人は渡された紙を一瞥だけすると、また志織にそのアメジストの瞳を向けた。
「高槻志織。キミの父親は日本で有名なとある玩具メーカーの開発部長を勤めているね。キミの父親の年から考えるとそのポストは異例の出世だ。そしてその原因はキミ。病院から出られないキミの為にキミの父親は少しでも娘に楽しんでもらえる玩具のアイディアを出した。そしてキミの治療費を払う為にも。それが結果、勤めている会社の経営を助け、たくさんの子供達に楽しんでもらえてる。それは遠因でキミがいたから。これじゃあ理由にならない? キミがいなかったらここまでにはきっとならなかったんじゃないかなぁ」
 理人の言葉で甦るのは志織の幼い頃の記憶。暖かさと冷たさの両方を内包したその記憶に、志織は何回か首を振った。
「違います。確かに私がいて結果的にそうなったのは分かってました。けどそれ以上にお父さんはその所為で身体を何度も壊しかけて……。お父さんの出世の力になって色んな玩具が生み出されたのは私かもしれませんけど、それ以上にそこまでお父さんを追い詰めたのも私なんです」
 志織のいる病院で一度父親が倒れたという話を聞いた時。試作や発売前の玩具を持ってきてくれた時の優しい笑み。頭を撫でてくれる手。自分よりも顔色が悪かったのに無理して笑っていた。父親を追い詰め続けた映像が繰り返し繰り返し志織の頭の中で再生される。
「だから……」
「分かった分かった。いいんじゃない別に。死神はどこも人手不足だからね。理由はどうであれ成ってくれるなら大歓迎。ぶっちゃけキミが死神になりたい理由はオレ個人としてはどうでもいいしね。ただ一応訊いておかなきゃならなかったから。で椿。保持剤、用意してあげて」
「はい」
 机の隣にすっと立っていて微動だにしていなかった椿は短い返事だけを返すと今度は理人を通り越し志織の目の前にまで来た。身長は志織より少し高いくらいなのにその纏う雰囲気が凪の海のような静かで深くて、目の前に立たれると自然に身が引き締まっていた。
「コレを」
 椿がそんな志織に差し出したのは白い錠剤が包まれた薬剤シートだった。病院で似たようなのをいくつも見てきたのと違って、それには薬の名前も製薬会社の名前もプリントされてはいなかったが。
「コレは?」
「貴女は今、魂だけの状態でしょう。魂だけの存在は個体差はありますが短い期間で消滅してしまいます。今からこちらで貴女の死神としての器となる精神体を作りますので、その間一日一回コレを飲んでください。魂の消滅を防いで魂を保持する薬です」
「精神体……?」
「魂の器となる身体には二種類あります。貴方達人間が生きる世界の身体である肉体。私達死神や天国の管理人、天使や地獄の管理人、悪魔の身体である精神体。二つとも魂がなければただの生きる人形であり動く事が出来ません。つまりはここでの貴女の生きる身体の呼び名です」
「肉体と精神体の違いは色々あるからそこはレノイに教えてもらいなよ」
「俺、ですか?」
 初めて聞いた精神体という単語に首を捻っていたが、また何か一瞬違和感を覚えた。
「うん。高槻志織の指導はお前に一任するから。ちょっと考えてみれば当たり前だろう。お前が色んな事を喋ったおかげで彼女は死神になるって言い出したんだし。もう二百年近く死神やってるんだから指導くらい出来るよな」
「それはっ……」
「上・司・命・令」
 理人が丁寧に一言一言区切って言った言葉にレノイは先を詰まらせ苦虫を噛み潰したような顔になる。椿から錠剤シートを受け取った志織はそのレノイの表情を見た次の瞬間には思いっきり右肩を掴まれて凄い力で後ろに引っ張られていた。
「え、あの……」
「さっさと来い!」
「あ、高槻志織、一つだけ忠告、というか助言してあげる。レノイはね、ここ日本支部じゃ超有名な二重人格者なんだよ。自分が迎えにいく魂とかにはとにかく丁寧なのに、オレたち同じ死神に対しては全然違うから気をつけてねー。まぁ暴力とかは流石にないと思うけど」
「ちょ、暴力って、待って下さ……!」
 違和感の正体は突然私から俺へと変わったレノイの自分を呼ぶ呼び方。そう志織が思い至った時にはまるで追い出されるようにレノイと一緒に部屋の外に出ていた。
「いやー、レノイのあの変わり様はいつ見ても面白いなー」
 それをいっそ純粋に面白くてたまらないと笑ってまた列車のスイッチを入れ始めたのは理人。次々に走り出す列車と理人を変わらない温度の目で見ていた椿は口を開いた。
「いいのですか? 詳しい説明を一切しなくて」
「んー、業務自体はレノイが教えてくれるだろ。二重人格でオレたち死神に対してはアイツ自身も含めて厳しい奴だけど、投げ出すような奴じゃないし」
「そうではなくて」
「それにね」
 最後のスイッチを入れてリモコンを落とすと、理人の声に重なって落ちたリモコンとぶつかったリモコンがいくつも音を鳴らす。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶