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死神に鎮魂歌を

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 そしてその志織の想像は真実だった。レノイが手前に腕を引いていくに応じて空気に切れ目が生じ暗い夜空からそこの切れ目だけ光がもれ出してきた。目を痛める程の強い光でもなく、僅かに目を細めただけですぐに志織は光の向こう側の景色が視認出来た。
 白い、汚れ一つない床。そこの上に敷かれた赤い絨毯。視線の先に見えるのは床と同色の壁とドア、金色のドアノブ。
 夜空の向こう側に、新しい空間が広がっていた。
「さぁ、行きましょうか」
「……ここ、何……」
 自分が死人である事。レノイが言っていた黄泉の国。これから死神になりたいとお願いしに行く事。それら全部が頭の中に入っていて、それから考えたら分かりそうなものだったがそれでも志織はいきなり現れた空間に、さっきまでの気まずさを忘れ去って呆然と呟いていた。
「あぁ、志織さんのような魂には見えないのでしたね。私たち死神にしか見えない扉を開いたのですよ。ここからが黄泉の国、とでもこの国で呼ばれるトコロです。さぁ行きましょう」
 同じ言葉を繰り返してまだ呆然としている志織の手を取って中へと促す。
 その暖かくも冷たくもない温度のない手に、さっきの冷たく感じたレノイの言葉を思い出して不意に志織は震えたがレノイは全く介さずに中へと進んでいく。
 白い床に足が着いた時は空中を歩いていた感覚と同じ感覚。けれどすぐに広がっていた絨毯を踏むとそちらの方は足から柔らかい感触が伝わってきて、その感触にただ志織はほっとした。
 レノイの方は手を離すと今自分達が入ってきて夜空が見える扉を閉める。そうすると対面にあるさっき志織が見た金色のドアノブがついた白い両開きのドアが夜空を遮る。
「それでは行きましょうか」
「お願いしに、ですよね? まさかそのまま天国に送ったりしませんよね?」
 口に出してから、考えてみれば自分は何も知らないのだからレノイは簡単にそうする事が出来ると初めて志織は思った。自分のたった一つの強い願いの前では、優しくしてくれるレノイすらも何もかも疑わしく思えてきて、志織は自分で言った言葉で無意識に一歩下がってレノイと距離を取っていた。
「しませんよ。言ったでしょう? 魂の最後の旅の供として出来る事はしたいと。元々連れてきた魂を伴って報告しに行かなければいけないのですから、死神長に会わせる事は大した事ではありませんしね。ただそこからは志織さん次第ですけれど。私は何も出来ません」
 また、だ。
 頭ではなく、心にふとその単語が湧き上がってきた。最後の言葉でどうしてかまた志織は突き放されたような気がした。さっきと違ってレノイは自分の方を向いてくれていて変わらない笑顔を見せてくれているのに、その笑顔が拒絶のように感じられて。
「志織さんの言葉次第、という事ですよ」
「……頑張ります」
 それだけを志織が言うとレノイは前を向いて歩き出す。だから自分の言葉の後にレノイがどんな表情をしたのか志織には分からずただ置いていかれないように必死に後について行く。
 十センチ以上も違う志織とレノイの身長差からくるはずの歩幅の違いはレノイが志織の歩くスピードに合わせてくれていて後をついて行く内、志織は周りを見回す余裕が出てきた。
 志織たちが歩いているのはどこまでも続く長い廊下で、他には誰も志織たちのような魂も死神もいなかった。両脇に等間隔でさっき見たのと同じドアと、床には絨毯が前後を見てもずっと先まで続いていてどこまでも終わりは見えず、閉じ込められていた病室を彷彿とさせる無音で無人の白い廊下が永遠に続いていそうな錯覚に恐怖を志織が感じ始めた時、不意にレノイがまた何も無いトコロで止まった。
「……ひょっとして、また魂には見えない扉とかあるんですか?」
「ええ、この先には日本支部の死神長がいます。志織さんの願いを聞くのも聞かないのもその方の一存で決まります」
 自分には相変わらず回廊とも言える長い廊下が続いているようにしか見えなかったが確実にレノイには見えているだろう扉を想像して志織は緊張に身を硬くした。
 自分が自分のままでいられるかどうか、この先に待つ人が全てを決める。
 そう心の準備をした時、まるで計ったかのようにタイミングよくレノイがまた何もない空間に今度は片手を伸ばしてゆっくりと引いた。再び空気が裂けて、別の空間が現れる。レノイが部屋入口の正面に立っていて中は志織には窺えなかった。
「コードナンバー1709。レノイ・C・ロムウェルです」
「あー、いいよー。入って入ってー」
 少年の声が中から聞こえてきた。一番地位の高い者の部屋から聞こえてきたとは思えない位妙に間延びして脱力を誘うような、そして幼い声。
「失礼します」
 その声の違和感に気を取られてレノイが扉の中に入っていくのを、志織は一瞬ただ見送ってしまう。気が付いた時には慌ててレノイの後を追って、自分も中へと入っていく。
 けれど入ってすぐに志織は「間違えました」と言って引き返しそうになった。
 おそらくは相当広いはずの部屋が狭く感じられそうなくらいにまで部屋中に張り巡らされたミニチュアの線路と各所に設置してある駅、トンネル、赤と青のみの信号機、橋梁。駅にはご丁寧に小さくとも精巧な人形が置いてあってまるで線路の上を何台も走っている電車を本当に待っているかのようだった。
 鉄道の部屋。その主は部屋の中央で廊下と同じ赤い絨毯が敷いてある床に座り込んで、周りに電車を操る何種類ものリモコンを散らかして志織とレノイの方を向いていた。
「お前はいつでも堅っ苦しいよね。まぁ性格上仕方ないのかもしれないけど」
 声は確かに少年の音。そうでなけれで目の前の人物は少女とも勘違いしてしまいそうな程、外見は男女どちらにも属していなかった。アメジストをそのまま瞳として加工したような綺麗な紫の目とさっきまで見ていた夜空と同じ深い黒の髪が首を擽っている。十六歳の志織よりももう少し年下に見えるその少年は、持っていた二つのリモコンも無造作に床に投げると細い身体をひょいと起こす。そうしてレノイ達に向いていた瞳が、今度は志織だけに向けられる。
「で、その子が今回のお前の回収した魂だね。名前は確か、高槻志織。享年十六歳。逝き先は天国。ご苦労さま。承認したからもう行っていいよ」
 志織を目に映したままレノイに話しかける。けれどそれに映された志織が首を横に振った事によって僅かに眇められる。
「どうしたの、キミ?」
「それが……」
「あのっ、貴方が死神長ですかっ?」
 レノイを遮って志織が勢いよく疑問を口にする。レノイとの一連のやり取りで、彼がそうだとは思ってはいるが、玩具に支配された部屋とか外見が志織の中のイメージを裏切っていた為訊かずにはいられなかった。
「あぁ、またレノイが色んな事話したんだね。そうだよ、オレが日本支部の死神を統べる死神長、理人っていうの」
「聞いて欲しい話があるんです!」
「なーに?」
「レノイさんから聞きました。人間が死神になれるって。私も、死神にさせてもらえませんか?」
「何でそんな事言うの? キミは天国逝きなんだよ。何もしなくても楽園が待っているっていうのに」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶