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死神に鎮魂歌を

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「要するに機械化が進んで便利な世界になって、人間が沢山増えても大丈夫な世界になっていったという事ですよ。そこで人間がとてつもないスピードで増え始め、死神の増え方では追いつかなくなってきた。そこで考え出されたのが人間の魂を使いまわしして、死神にさせる事です。増える事は出来ないけれど魂のない死神の身体を用意する事は出来たらしいので、そこに人間の魂を入れて完成。そうして私は死神になったのですよ、もう百年以上も前の話ですけれど」
 未練が、増幅する。
「それって……」
 声が、震える。
「それって私も死神になれるって事ですか! 死神としてでも、私は私のままいられるって事ですか!」
 今まで出した記憶が自分の中にないほど大きく張り上げた志織の声は夜空に響いて、悲痛な音を伴って拡散して消えていく。
 いきなり出された大声に一瞬レノイは志織の顔を見たまま、何をそんなにこの目の前の大人しい少女が叫んだのか分からなく言葉を失っていたが、志織の言葉の意味を理解するとまた優しげに笑った。
 その中にほんの少しだけ、憐憫の情を含ませて。
「志織さん、貴女の気持ちは痛いほど分かります。私も元人間ですからね」
 軽く肩に置かれたレノイの手。その手が志織自身へ、声を張り上げたせいで知らない間に肩が上下しているのを伝えた。
「私は迎えに行った魂の最後の旅になる黄泉の旅の供として、出来る事は精一杯したいし訊かれた事はなるべく答えるようにしています。ですから私が元人間の死神だと知った他の方にも、だったら自分も死神にして生き続けさせてくれと言われた事は何度もあるのです。そして同じ事を告げました。死神としての生と人間としての生はまるで違う。生きる事とは違うと」
「どうゆう、事ですか」
 自分の言葉を遠回しに否定されて睨みつけるほどの勢いで自分を真っ直ぐに見る志織の瞳にレノイは苦笑する。もう何度こんなやり取りをしたのか分からない事を思い出したのと、生を望む志織にこれからそれを諦めさせなければいけないのとで。
 どれだけ死を覚悟していても志織は本当は生き続けたかったのだと、この時のレノイはそう単純にそう思っていた。
「死神になってもこの世界に別れなければいけないのは同じなのですよ。貴女が生を望む理由は何ですか。一緒にいたかった人がいるから? やりたかった事があるから? それは全てこの世界ででしょう? 死神になったらこの世界には触れられないですから、やりたかった事は出来ず、ひょっとしたら最悪一緒にいたかった人を自分の手で迎えにいかなければいけないかもしれない。死神の寿命は長いですから、それが人間以上にずっと続くのですよ。それは」
「それでもいいです」
 もう何度も言ってきてレノイの中でマニュアル化した台詞をばっさり切り捨てたのは志織の強い言葉だった。
「それでも、いいです」
 そう繰り返した志織の変わらない強い瞳に射抜かれて、今度こそレノイは本当の意味で言葉を失った。
「私はずっとあの病室で考えていました。どうして私は生きているんだろう、こんな苦しい思いをして色んな人に迷惑をかけてそれでもどうして生きているんだろうって。さっきレノイさん、私には未練がないから強いって言ってくれましたよね。本当なんです。私、本当に未練なんてなかったんです。家族には心配ばっかりさせて治らないのに治療費はたくさんかかっちゃただろうし、逆に死んだ方がいいってずっと思ってました。明日治療法が見つかるかもしれないなんていう一縷の望みと自分から死んだら本当に今までしてもらった事が無駄になっちゃうから自殺を選ばなかっただけで、だから私この世界に未練なんてないんです。でも……」
 次の言葉を紡ごうとすると志織の身体が小刻みに震える。それは恐怖から。病室のベッドの中で何年もかけて見ないようにしてきた恐怖。
「でも私のこの魂が! この意志が! 続くのなら続けていきたい! 天国になんて逝きたくない! 私はまだ、私個人の魂を消したくなんてないんです! それが出来るなら死神だろうが人間だろうが構わない!」
 それは自己の喪失という恐怖。人間が通常抱く未練よりもっと根源にあって、けれど人間としての生を過ごす内に忘れてしまう恐怖。
 血を吐くように叫びながら、志織はなんて淋しい人生なんだろうと思っていた。人間として生まれたのに、人間としての未練を持たずに死んでしまうなんて。
「未練だって言うのなら、私はそれだけが未練です。私はまだ私を消したくなんてない……」
 瞳から感情が溢れて零れ落ちたかのように流れた涙は、志織自身流したと分からずレノイだけが唯一見ていた。
 そうして訪れた沈黙。
 恐怖から俯いていた志織は今度は別の理由で顔を上げて、レノイの顔を見る事が出来なくなった。それは今志織が気付いた自身の滲んだ視界の所為ではなくて、この沈黙が重く感じられて尚且つ生まれた別の恐怖から。
 今、この人に自分の願いを拒絶されたら全てが終わってしまう。
 あの白い空間で何年もかけて見ないようにして諦めて、けれどここで叫んだ事によってまた甦ってきた願いが叶わないまま終わってしまう。
 レノイが志織の願いを聞いて考えて結論を出す間のほんの数十秒が、志織にはまるで何十時間にも感じられた。
「……私には、何とも言えません」
 そして出たその結論は唯それだけ。否定でもなければかといっても肯定でもないその結論にけれど志織は拒絶の恐怖からだけは解放されて、弾かれるようにレノイの顔を見た。
 そこには優しげな、しかしどこか困ったような微笑みを浮かべるレノイ。
「私は一死神であってそうゆう事を決定できる立場にいないのですよ。今から志織さんが向かうトコロにそういった事を全て決定できる方、さっき言った死神長がいらっしゃいます。その方に伺ってみないと」
「じゃあその人がいいって言ったら私も、私のまま死神になれるって事ですか?」
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「……その気持ち一つで死神になれるほど、簡単なモノではないと思いますけれどね」
 それだけでレノイは一方的に話を終わらせたようで、顔もあわせず志織の手を引いて今までよりも少し強く歩き始めた。そのスピードの変化と、台詞の微細な温度に戸惑って志織は何も続けられずに引かれるままになってしまう。
 その台詞が、今まで穏やかだったレノイとは違ってとてつもなく冷たく感じられた気がして。何故だか見放されてしまったような気がして。
 それ故に志織は目的の場所に着くまで、今度は口を開いてレノイと話す事はなかった。



 志織がようやく空中を歩いているという事実にも眼下の高さにも慣れ始めてきた頃にやっとレノイが立ち止まったのは、何もない夜空の真ん中。志織は時間が経ってもレノイに一方的な気まずさを感じたままであったから訊ねづらく何かあるのかと自分で探そうと周りを見回してみたが、結局何も発見できず次にはレノイの方を見て、驚きに目を見開いた。
 レノイは正面を向いたまま、空中に両手を伸ばしていた。そうして空気を掴む動作をするとゆっくりと自分の方に引いていく。まるでそこに両開きの扉があってそれを開くかのように、志織には見えた。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶