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死神に鎮魂歌を

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「魂だけの状態だと長くはこの世界にいられないと先ほど申しましたでしょう。今、それが少しでも保つようにしただけです。目的地に着くまでに消滅してしまっては何にもなりませんから」
「消滅……」
 その単語が意味するトコロに志織は身体の芯が冷えていくような気がした。
「大丈夫ですよ。私がそうさせません」
 呟いた志織の声に隠していない恐怖が見えた為レノイは志織が自分の消滅する姿を想像してしまったのだろうと思い、そう言って励ます。レノイのその考えは半分しか正解していなかったけれど。
「では。行きましょう」
 そして志織もレノイが半分の意味しか気付いてないと分かっていながら何も言わずに、恭しく手を取り病室の中を外と区切ってある壁へと歩いていくレノイに従う。
 馬鹿丁寧すぎて慇懃無礼となる丁寧さとは違う丁重な扱いに、まるで自分が何処かの姫君のようだとこんな時なのに本当にどうでもいい事を志織は思える。
 そんな間に自分の少し前を歩くレノイが壁を、そこに壁などないように通り抜ける映像を見る。このまま壁に向かって歩いていったらきっと自分もこうなるのだろうと瞬時に志織が思った通り繋がれている手に引かれて、白い壁が眼前に迫った次の瞬間には何の感触もなく壁を通り抜けさっきまで窓の外にあった夜の闇が白い壁の代わりに広がっていた。
「ひっ……!」
 そして頭では分かっていたのに志織はその視界の下部の光景に思わず悲鳴が出かかった。
 志織がいた病院は不吉な死を連想させる四階を表示しないため、志織の病室は七階、実質的には六階にあたり、眼下には地上の星とも思える家々の明かりが綺麗に灯っていた。かなりの高さを伴っていた為、小さく。
 反射的に落ちると思って身を竦めて目を瞑ってしまったけれど、いつまでも落ちない事実と力強く握ってくれるレノイの掌から安堵が広がってそろそろと志織は目蓋を開けた。
「やはり怖いですか? 中には楽しんでくれる魂もいるのですけれど」
「そうなんですか……」
 ゆっくりと薄れていく恐怖の中、それでもその残滓はまだ深く中にこびり付いている志織は脱力気味に呟いた。
 体調がいい時に見ていたテレビなどで放送していた絶叫マシーン特集で志織にはどうしてこんなに楽しめるのか心底理由が分からないくらい楽しんでいた人達の映像が、ああゆう人達だったら喜ぶんだろうかという考えを伴いながら志織の頭の中でフラッシュバックする。
 あんなのを乗って楽しむ感覚、志織には理解出来なかった。それ以前に志織は遊園地の類に行った事すらないから実際乗ったらどうなるか分からないままに終わってしまったけれど。
「そういえばさっき行くべきトコロへ行くって言ってましたけど、私これから何処に行くんですか? まさか、地獄、とか……?」
 もうなるべく景色を見ないようにとレノイの深い蒼の瞳を凝視するくらい見るのに集中しながら訊ねると、かなり強い視線を送られているにも関わらず全く様子を変えずにレノイが口を開く。
「いいえ。地獄とか天国に行く前に、そうですね、人間の言葉で言うと黄泉の国と言うのが一番分かりやすいでしょう。そこへ行きます。無事に魂を迎えられましたよという報告を上にしに。それに心配しなくても志織さんは天国逝きですよ」
「上に報告……?」
 普通の会社かなにかのような響きを持つその言葉を志織が繰り返す。自分が天国逝きだという普通だったら安堵しそうな事よりもより強く胸に引っ掛かって。
 その間にレノイが手を引いて志織を引いて夜空の中を歩き出す。二人の下には確かに空気しかないのに、そうではなくて見えない道があるように落ちる事無くレノイの確かな歩みと志織の躊躇している歩みが刻まれていく。
「ええ。私たち普通の死神の上にいる死神長という方に。ここは日本なので日本の死神長なのですが、そこできちんと受理されると天国、地獄に迎えに行った魂を向かわせるのです」
 まるでそれでは本当に何処かの会社のようだ。そう思うと同時に志織は別の事が頭に浮かんだ。
「それじゃあ死神って、レノイさん一人じゃないって事なんですね」
 ぼんやりと志織の中では死神は一人というイメージがあった為、それを裏切るレノイの言葉を本当かどうか確認するためにそう訊く。
 それと同時にレノイが自分の名前を名乗った時に志織が感じた小さな違和感。それの問題と解答が一気に分かってすとんと志織の胸に落ちていく。
「ええ。死神は人間の魂を迎えに行くのが与えられた役割の一つです。人間以外の魂は死後、きちんと自分の行くべきトコロや方法が分かっているのですが、人間は知能が発達し過ぎたせいで逆に本能で分かるはずの行くべき方法を忘れてしまい、私たち死神の案内無しでは行く事が出来なくなってしまった。今、この世界中にいる人間の数を考えるととても私一人でなんて出来ませんよ」
「だからファミリーネームなんてあったんですね。レノイさん一人だったら必要ないモノですもんね」
 それが志織の違和感の正体。死神は一人と思っていたからこそ、唯一の存在には必要ないはずのファミリーネームまで聞いた時、違和感が生じたのだと。けれど一人じゃなく死神が沢山いるのならそれは意味を成す。
 自分の中でそう結論付けて志織は勝手に一人で何度も頷く。
 だが。
「いいえ。純粋な死神には名前しかありませんよ。私は元人間の死神で人間の時の名前をそのまま使っているからファミリーネームまであるのです」
 レノイのその言葉が志織の考えを打ち砕いた。
 そして瞬時に打ち砕かれたにも関わらず、その内容に志織がレノイの言葉の意味を理解するのに五歩もかかってしまった。
「……え?」
 そしてその五歩が過ぎて理解が出来ても志織の口からはその一音しか出てこなかった。
「驚かせてしまいましたか? 私は元々は人間だったのですよ」
 そう言った後、レノイが志織を見て笑みを唇に浮かべる。それは今までの穏やかな笑みではなくて、面白くて笑う、そんな種類の笑みだった。
「意味が分からないという顔をしていますよ、志織さん。詳しい話を聞きたいですか?」
 問いかけられたと同時に志織は頷いていた。自分の中の衝動に突き動かされて。
 その衝動は志織を頷かせた後、全身を駆け巡り身体を少しずつ震わせそして名前を変える。希望という名へ。未練という名へ。
 ひょっとしたら私は、まだ。
 その一文が志織の頭の中を占めた時、レノイが口を開く。
「死神を構成しているこの身体は、人間と違ってそう簡単に増やす事が出来ないのです。それこそ一年に一人なんていう割合で。それでも少し前まではそれで全く問題がありませんでした。三百年ほど前に始まった産業革命に伴う人口爆発が始まるまではね」
「産業革命?」
 治療に専念せざるをえなくて、どうしても満足な教育が受けられなかった志織には聞き覚えの無い言葉だった。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶