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死神に鎮魂歌を

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 レノイと繋がっていない手をかざしてみるとその向こうが志織の皮膚の色付きで見える半透明さは濃度も変わらず、足を見てみると着ていた病院着の下には日本の一般的な幽霊のイメージに反してきちんと足がついていた。
 そういえば国外の幽霊の話だと足がきちんとあったりしたからそっちの方が正しかったのか、なんていっそ呑気な事まで考えられる志織の身体は、さっき病魔に冒されなくなって軽くなったと感じた時よりも更に軽く感じられて繋がっているレノイの手がなければ風船のように緩やかにでも空に飛んでいけてしまえそうな位だった。
「軽い、ですね。おまけに細い」
 だからレノイが自分に言うように呟いた時、自分の今の身体の事を言われたと思い普通に「そうですね」なんて志織は流した。
「余程死を覚悟出来ていたのですね。やはり貴女は強いです」
 だからこうレノイが言葉を続けた意味がよく分からなくて、浮いている上から首を傾げて何を言っているかよく分かりません。という事がありありと分かる表情で下にいるレノイを見ると、相変わらず優しく笑んでいて口を開いた。
「未練が多い方は身体が重く、それに肉体と魂を繋ぐ糸も太いのですよ。けれど貴女はホラ、こんなに」
 レノイがそう言いながら志織の身体の下に視線を移したのでつられて志織もレノイが見ている方に顔ごと振り向くと、ベッドで停止している志織の肉体から魂と同じ半透明の細い糸、というには少々太く鉛筆と同じくらいの太さだったが。その糸がまっすぐ魂の志織の方へと伸びている。もしくは魂の志織から肉体の志織へと繋がっているのか。
「こんなに身体が軽くて糸が細いのは未練がない証拠なんですね……」
 レノイに言われたおそらく死神からすると褒め言葉を反芻すると、けれど志織の表情は暗いモノへと変わっていく。けれどレノイはその志織の表情の変化に気付けず、稀にしか見られない志織の魂と肉体を繋ぐ糸の細さをまだ見ていた。
「さて。コレを切ると完全に志織さんの魂と肉体の繋がりは切れます。覚悟は、もう既に出来ていますよね」
 その細さを物珍しさから記憶に焼き付けるとレノイが顔を上げて片腕で持っていた大鎌を示すように僅かに揺れた。志織から見る角度が変わって一瞬鈍く光った刃に反射的に身を竦ませると、レノイが安心させるように殊更に笑顔を深くした。
 瞬間、似たようなシチュエーションが志織の頭の中からいくつも引っ張り出された。幼い頃、注射が怖くて泣いている志織に怖くないよと諭して今のレノイと同じように人好きのする笑顔を一生懸命浮かべていた看護師とのやりとりが、いくつも。
 その時の病室の様子や看護師の顔や志織自身が違っても同じ場面をいくつも勝手に思い出そうとする前に志織は頭を振ってその情景を追い出した。
 思い出せる記憶が同じような事、病室の中だけの事しかないなんてあまりにも虚しくて志織は思い出したくなかった。そう思った時点で既にかなり思い出してしまっている事にも気付かないフリをして。
「志織さん?」
 覚悟は出来ているかと志織に対しては問題にもならない事を問うて、けれどレノイから見れば何も言わずにいきなり頭を振られてしまって今度はレノイの方が戸惑ってしまった。
「い、痛いですか?」
 そして志織の方は自分の記憶を思い出さないようにとした行為がレノイを戸惑わせていると思って、今頭を振ったのは別の理由が、未知の体験への恐怖があると遠回しに理解できるような事を言った。志織が病院での思い出しかない自分をレノイから、自分から誤魔化す為に偽り作った、別の理由があると。
 案の定レノイはすぐに志織の偽の理由に気が付くと志織の手を握っていた手を離して、その手で肉体と魂を繋ぐ糸を撫でた。
 レノイが手を離したら風船のように飛んでいってしまうのではないかという志織の思いと反して、志織の身体の重さの感覚は変わらずにそれでも同じトコロに留まり浮き続ける。
「……まぁこの細さだったら、そんなに痛くはないですよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! それって結局少しは痛いって事じゃ……!」
 誤魔化しの為に言った言葉が志織を焦らせた。
 とっさにレノイを止めようとして上から手を伸ばしたけれど、一瞬遅くそれは叶わずレノイが両手で掲げた大鎌の光る刃に志織の肉体と魂を繋ぐ糸が切断される。
「あっ……」
 痛い、というよりは奇妙な感覚が志織の中を通る。
 切断されたのは魂の身体の外の糸。それなのに志織は自分の中のナニかがぷつんと音を立てて途切れたような気がした。
 痛いとも言い難いむず痒いとも形容し難い感覚に戸惑っている表情を志織がしていると、その表情を見て魂と肉体を切り離したレノイが大鎌の柄をまた軽々と左手で持ち、右手を志織に差し出した。
 当たり前のように志織は自分の手を伸ばしてその手を握り返す。
「では、行きましょう。肉体と繋がりが切れた魂はあまり長くこの世界にいられないのです。行くべきトコロへ行かないと」
 その時、にこやかにそう言うレノイの握っている手が僅かに震えているのに志織は気が付いた。先ほどまでは何ともなかったのに。
「どう、したんですか? 寒いんですか?」
 魂だけの志織には寒暖の感覚は無く、第一ここは病室で患者に対する適当な室温が保たれているはずなのだが、それしかレノイの手が震えている理由が思いつかず、ひょっとしたら死神の身体と魂や人間の身体だと気温の感じ方でも違うのかななんて適当な事まで考えて、何気無く訊いてみる。
 訊かれたレノイはそれだけで一瞬はっとしたような表情になるとまた元の笑顔に戻り、志織の手を強く握りしめた。自分の手の震えを殺す、その為に。
「いいえ。何でもありません。それよりも志織さん、最後のお別れをしませんか。あちらには声は聞こえなくても言葉をかける事は出来ますよ」
 レノイが柄を持つ左手で示した先、まだそこには志織の死を嘆き悲しむ家族の姿があった。
 父、母、弟の姿を見つめる志織はそれだけで表情に暗い色が差したがそっと目を閉じると緩慢な動作で首を横に振った。レノイはその志織の否定の動作におや、という顔をした。
 ほとんどの人間はレノイが言わなくてもそれこそ残していく人間に喚く勢いで自分の気持ちを伝えていたのに、目の前のまだ十六年しか生きられなかった少女がまるで悟った老人のように静かにそうしたから。
「いいのですか?」
「…………私に、そんな資格なんてないから」
 たっぷり何秒も間を置いてそれだけを志織は搾り出すように、レノイに告げた。
 その言葉の内容や、深い闇を含んだ諦めの声にレノイは更に不思議な表情を深めたがすぐに元に戻ると志織の手を軽く引いた。
「え?」
 それと同時にレノイと繋いだ手から柔らかい風のような空気の流れが、志織の魂の中へと流れ込んでくる。志織は全く感じなかったがその風にまるで重さが含まれていたかのように、その風を取り込みながらゆっくりと浮いていた志織の身体か下降していく。
 そしてついには足がレノイと同じ位置、病室の床に着いた。今までは見下ろしていたのに今度は十センチ以上も上にあるレノイの顔を見上げると、相変わらず注射前の看護師を彷彿とさせる柔らかな笑み。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶