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死神に鎮魂歌を

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「ファイルは、あぁここにあったな。ほら、行くぞ」
 志織の母親が載っているファイルは志織の机の上に相変わらず静かに存在していて、その黒く光るファイルを瞳に映してそういえばと志織は思い出す。
 今日、空也に会った時にライターを借りてファイルに火を点けようとした事。それで無かった事に出来ないかと思ったのだが、いくらライターの小さな火でも全く燃え始める気配を見せず、見ていた空也にそのファイルを燃やしたりする事は不可能だと慌てて諭された事。
 サリアに貸してもらったハサミでファイルではなくせめてファイルの中の紙を細切れにしようと思ったのに、志織の手に触れるその感触は確かに紙なのにまるで鉄で出来てるかのように、ハサミで切り込み一つ入れられなかった事。
 以前、瑞穂と瑞希に教えてもらった居住区に何十箇所もあるダストに放りこんでも、自室に戻るとまるで何事も無かったかのように机の上に全く同じファイルが置かれてあってかなりのホラー体験をしたような事。
 その他、志織が思い浮かぶありとあらゆる方法でファイルを無くそうと試みたが、結局それは全部失敗に終わった事。
「うん……」
 その事全てが志織に『逃げるな』と無言の圧力をかけているような気がして、そのファイルを見ながら志織は弱々しく頷いた。
 それを見るとレノイはいつものように少し前を、けれども志織と同じくらいのペースで歩き出す。いつもと違うのは開け放たれた志織の部屋のドアを志織自身が閉めて、きちんとついてくるのか。逃げたりしないのか、後ろをたまにちらりと見て確認する事。
 それに気付いて最後まで志織は足取りが重いままだったが、逃げる事はしなかった。
 居住区には各階層のフロアに業務区へと通じる部屋があって、そこに立て掛けて置いてある大鎌を手に取る。個人認証機能でもついているのか、柄を支えている銀色の輪は志織が誰でもない志織の大鎌に手を触れただけで音も立てずに外れる。いつもだったらほとんど重さを感じないはずのソレがいやに手にずしりと感じた。
 入ってきたドアとは反対のドアを通ればそこはもう業務区。足を一歩進めるたびに気分が陰鬱になってくる。
 けれどそんな志織の気持ちとはお構いなしにいつも通りドアを通ると、そこは白い業務区でいつものように観音開きの扉にファイルを通して何の問題もなく扉が情報を読み取っていくのを確認する。
「だから行くぞって言ってるだろうが」
 そこで固まってしまった志織の背を押して、レノイが扉を開く。
「やっぱり私……ここで待ってる……って、レノイ!? 痛い! 手痛いよ!」
 夜の帳が下りかけている夕刻時のオレンジ色の空の中。開いた扉の先に見える透明な階段を見て、志織は俯いてそう言ったが言った瞬間に強い力でレノイに手首を掴まれ無理やり一緒に階段を降りていかされる。
 ファイルの回収も扉を閉めるのもレノイが忘れずやってしまって、志織にはとうとう完全に逃げ道が無くなる。
「ヤダ! やっぱり私、怖いよ! 本当の事がどうであれ、それを見るのが怖いの! 嫌なの!」
「お前がそう思ってるって事は!」
 階段の途中で二人の大きな声が響く。立ち止まって、もしかしたら自分よりも大きな声で叫んだレノイに志織の身が一瞬竦む。
「少なくともお前は母親や家族が好きだったんだろう? 好きな人に嫌われていたっていう事を見たくなくてそんな事を言ってるんだろう?」
「……だって、お母さんもお父さんも弟も、私のために色々してくれたんだよ……。それなのに、嫌うなんて……」
 違う。志織は自分のために色々してくれたから家族を愛してたのではない。忙しい仕事の合間を縫って会いに来てくれる父親の、辛いはずなのに自分の前では笑顔でずっと看病してくれた母親の、志織より年下で両親に甘えたい時もあったはずなのに男の子らしくどうにかして支えようとしてくれた弟の、その優しさを愛してた。何もなくてもそれがあればよかった。あの家族の一人として生まれてきた事が嬉しかった。
「……好きだよ……。お母さんも、お父さんも、弟も……」
 手首は掴まれたままだからその掴まれた手だけを上に伸ばしたような格好で志織は階段に泣き崩れる。耳に大鎌の転がる音が聞こえた。
「だろう? このままだとお前の母さんは魂のまま彷徨っていずれ消滅する。それに大好きなら他の誰がやるよりお前が適任だと俺は思うがな」
「でも……」
「だから言っただろ? 家族なんてモノはそんな単純なモノじゃないって。経験者の俺が言うんだから、そうじゃなかったら何でも命令していいって賭けをしただろうが」
『経験者』の言葉に志織は涙に濡れた視界でレノイを見上げた。目に映るこの人も、自分の唯一の家族を、憎んでいたと同時に愛していた家族を迎えに言って妹から罪悪感と兄として慕われていた事を知った。なんて複雑な感情。
 なら、私の家族もそうだろうか。
 掌で涙を拭うと、何とかレノイに支えられて立ち上がる。その視線の先には階段の数段下に転がった大鎌。
 もう大丈夫と判断したのか、志織の手首から手を離したレノイがそれを拾いに行く。それについていく。
「あんまり乱暴に扱うなよ。余程の事がなきゃ壊れやしないけど、壊れたら直すの大変らしいんだからな」
「壊れる、の?」
「滅多にないらしいけどな。俺も百年以上やってきて壊した事ないし、日本支部で壊したって報告も聞いた事ないけど」
 そうして拾い上げた大鎌を志織の手に握らせる。さっき感じた重さが少しだけ軽くなったような気がした。
「さて、もう時間か」
 そのレノイの言葉に志織は無意識に下唇を噛む。噛んだというのに気付いたのは痛みを感じたから。二、三度深呼吸をしてやはりなくなる事はない緊張をどうにか落ち着ける。
 それから二人は階段を降りていって階段が終わったのは、悲惨な事故現場。
 交差点の真ん中で志織が見覚えがある車の側面が、見覚えのない車に突っ込まれている。
 ファイルの情報と今の状況から鑑みるに、夕方の色の中で赤く点灯していた信号がよく見えなかった車が信号無視をしてしまって、志織の母親の車に突っ込んでしまったらしい。
 別の死神が迎えに行くが、志織の母親も突っ込んできた車の運転手の方の人も即死。その痛ましさがありありと見える現場と、まだ志織たち死神に気付いていない車から上半身だけが半透明になって何が起こったか分からない顔をしている母親に志織は思わず目を背けそうになった。けれど頭を振って、アスファルトの上。数ミリ上に透明な床が見えるそこに迷い全部を振り切るように大鎌の柄の先端を突く。
 瞬間、澄んだ音が響いてその音に気付いたのか母親が志織たちの方に視線を動かした。
「…………志織……?」
「……久しぶり。お母さん」
 着ている服が今まで母親の記憶の中で志織が着た事のないものでも。瞳と髪の色が違っていても、すぐに母親は志織と分かったらしい。それが愛情ゆえか、今まで世話をかけた挙げ句に自分より先に死んでしまった子供への憎しみかは分からないが。
「お母さん……今の、状況、お母さん、分かる……?」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶