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死神に鎮魂歌を

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「確か、死神としての働き十年分が地獄で過ごす一年に相当して、あまりにも重罪な人間は死神になったら危ないんだとさ。罪の重さ分だけ死神として過ごす期間が長くなっていくから、あの魂を切る瞬間の共感現象に耐え切れなくなって狂う可能性がどんどん高くなっていくから。俺で大体ギリギリだって前に言われた事あるな。ただあの共感現象起きない人間もいるらしいけど」
「え! だったらその人たちはどうして死神に……!」
「死神になったら危ないから」
『ならないの』と訊く前に、レノイの鋭い声で遮られた。
「危ないって、どういう意味で……」
「こっち、死神の側が危ないって意味でな。あの共感現象は、人間の死神が人間の魂を切る時にその亡くなる人間の一生を、人間らしい感情を持って全部一瞬で体験してしまうから起きるから、おおそよ一般的な人間らしい感情が欠落してる奴には起こらないらしい。――快楽殺人者とかな」
「……っ!」
 センセーショナルな単語に志織は一瞬息を詰まらせたが、そういえば長老に『優しいから君たち元人間の死神は苦しむ』と、そんなような事を言われたのを思い出す。
 アレはそういう意味だったのか。亡くなった今では確かめる術もないけれど。
「だから分かっただろう? 共感現象を起こさない人間の方がかえって危険なんだって。人間にして、人間らしいわけじゃないんだから」
「だったら、何であの二人はあんなに元人間の死神を毛嫌いしてるのかな……? 私よりずっと長くいるんだからその事知らないわけじゃないと思うのに……」
「それはアレだろ。あの双子の母親が元人間の死神に、自分達の目の前で殺されたからだろ」
「殺、された……?」
「共感現象を味わいすぎてとうとうおかしくなった死神にな。その死神にも殺そうとする意思なんて微塵もなかっただろうけど、事実としてあの双子の母親は殺されて、その死神は死神長の手によって消えて、それ以来あの双子は俺たち元人間の死神を憎んでる。自分勝手な理由で死神になって、挙げ句の果てに自分達の母親を殺した奴と同じだってな。お前だけはその『自分勝手な理由』って取られなかったみたいだけどな」
 もう遠い目をしてはいなかったけれどレノイが淡々と話す、志織が今まで知らなかった情報の深さと闇と悲しみに同じ言葉を繰り返すか無言を貫くしか術を知らなかった。体育座りをしている足をその場で足首だけを動かして何度も足踏みをさせると二人の間に沈黙が生まれる。
「……出来るなら、これから先はあんまり話したくないんだよな……」
 だからか。レノイの小さな呟きはこの沈黙の中ではよく志織の耳に届いた。
「何が?」
「訊かないのか。『どうしてそういう事をあの時、言ってくれなかったのー』って」
「あ……」
 言われて初めて志織は気付く。追求したあの時に、今言った事全てを言ってくれれば志織も辛い思いをする事もなかったのに。
 そう思いながらじっと恨めしくレノイを見つめると、その志織の視線に気付いてわざとらしく顔を逸らして表情が志織から見えなくなる。
「ねぇ、どうしてあの時に何にも言ってくれなかったの?」
 だからせめてもの意趣返しとばかりにレノイが今しがた言った言葉を真似して、座ったままにじり寄り訊いてみる。
「……さっき、お前がドコか妹に似てるって言っただろ」
「あ、うん。それが何か関係ある、んだよね……」
「あぁ、さっきも言ったけど煩わしかった時もある。妹がいなければ一人で普通に暮らしていけたのにってな。けどひょっとしたら妹がいたから、俺はどうにかそれだけで済んだのかもしれない。あの頃は……今もだけど、落ちるのなんて簡単なんだから。でも妹はそう思ってはいなかった。俺が自分の為に何をやっているのか、何となく分かってたんだろうな。妹は死ぬ間際のその瞬間まで、自分が兄の枷になって犯罪の道に突き落としたんだとずっと苦しんでた」
「? どうして、それが分かるの?」
「俺が妹の迎えに行ったからだ。俺がこの手で、妹の魂と世界の繋がりを断ち切って、あいつが過ごした一生を、一瞬で見たから」
 言葉が、声が、喉が凍り付いてひくりと変な音しか志織の唇からは出てこなかった。
 それに気付いたのか気付いていないのか、口調もその温度も何も変わらずレノイは続ける。
「今、煩わしかった時もあるって言ったけど、それ以上に憎いと思った事すらあった。こいつさえいなければ、俺はもっと自由に生きていられたのに。そう思って寝てる妹の細い首に手をかけかけた事もある。けど妹は妹で、ずっと自分で死ぬまで一生罪悪感を抱え込んでそれが一気に俺の中に流れ込んできて……何やってるんだろう、俺って思った。結局は『妹のため』って言い訳して、もっと頑張らずに楽な道に逃げて挙げ句に憎しみまで抱いた俺が自分で認められなくて、妹の事があってから願いを出して誰も何も知らない、人種すら違う日本地区に異動した。なのに……」
 そこでレノイを一度言葉を切ると、首を動かして志織の方を見る。どんな感情でもって見られているか分からない志織はある種の居心地悪さを感じながら、何も声に出せずにただ今いるトコロに座ったまま。
「お前が来た」
 それだけ言うとまたレノイは志織から視線を外し正面を見る。その横顔からも何の感情も汲み取れない。
「何が似てるんだろうな。灰の髪も蒼い瞳もそうだけど、そういう事じゃなくて多分本質とかそういうのが似てるんだろうな。そんな奴が、逃げた先に現れてもう逃げ場所なんてどこにも無いんだと悟らされたような気がした。それでお前に詰問された時思ったんだ。生前に実際やった事はそんな大した事じゃないのかもしれないけど、大切な身内を本気で憎める醜い心やそれを認めず逃げたのはあの双子が抱いている『元人間の死神』のイメージそのままだと。……とうとうそれに相応しい罰を、受けなきゃならないと。妹に似ているお前に幻滅されて憎まれて、罰を受けなきゃいけないんだと。だから何もあの時、何も言わなかった。そのまま俺を恐れるなり何なりしてくれればいいと」
「……そんなの、勝手だよ……」
 一体私がレノイのその自己完結な罪悪感でどれだけ傷ついたというのか。私はレノイの妹さん本人じゃない。
 色々言いたい事はあったけれど、性格ゆえに強くそうする事が出来ないのと淡々と言っているのにレノイが自分を責めているような気がした志織は、非難出来ずにそれだけを言った。
「そうだな。全部自分勝手だ」
 本当にレノイの方が自分に対して非難的であるように見える。
「前々からお前言ってただろ? 死神と人間の魂に対しる接し方が違うって。アレだって妹を迎えに行った後にそうなったんだ。……せめてどんなに辛い思いをしてきても最期の旅路くらいは何でもしてやろうって。いつの間にかそれが癖になったみたいだけどな」
「でも、だから私は今ここにいるんだよ」
 レノイの下に見えない自虐の心が見えるような表情をずっと見ていた志織は、考える前にそんな言葉を口に出していた。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶