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死神に鎮魂歌を

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「言ったろ。死神の魂は長い間精神体に入っているから半分くらい精神体と同化しているって。だからこうして純粋な死神は生前の姿を持ったまま、魂を細分化出来るんだ。人間程度の寿命じゃそんな事出来もしないし、それが出来る力も無いけどな」
 方々を見回してみると、他にも受け止めた長老の魂の欠片と話しているのか、自分の手の中に話しかけたり涙ぐんだり笑顔でいる死神たちでいっぱいだった。
「それに理人を休ませてやらんとな。今は指一本も動かせないほど疲れているはずだから」
 長老がそう言うので志織は、長老の精神体がある壇上を見てみると、さっきまで立っていた理人が今は階段に蹲って、大きく肩が上下してるのがこちらからでも分かった。
「だからこれは代々の死神長を休ませる為の時間でもあり、そして儂のように最期を迎えた死神との別れの時間でもあるんじゃよ。魂だけでは長い時間存在していられないからそんなに長い時間ではないがな。……トコロで、志織はレノイと仲直り出来たのかい?」
 志織の手の中にいる長老が脇にいるレノイに視線を向ける。
「あ、そうなんです、長老! 私、レノイに嫌われてなかったんです!」
「邪魔だとは今でも思ってるけどな」
「だ、から。どうしてそういう事言うの!」
 二人の会話を聞いて長老が、志織の両手の中で笑い声を上げる。
「そうか、そうか。仲直り出来たか。それはよかった。レノイ、お前は……いや、レノイに限らず元は人間だった死神は皆、自責の思いが強い。いい加減、自分を許してやったらどうだい?」
「…………」
「それってどういう……」
 事ですか。と続けて訊こうとしたら、その一瞬前にまだ鳴り響く音より一際澄んだ音が鳴る。そしてその音に呼応するように長老の半透明の身体が淡く光りだし元の淡雪のような球体へと戻っていく。
「え、あ……?」
「おや、もう時間か」
 長老の言葉で、音の聞こえた方を見てみると立てるほどには回復したのか理人が柄を支えにして立ち上がろうとしていた。さっきの音は柄の先を階段に突きつけた音だろうか。
 そんな志織の考えは知らないだろうが、その証拠だとでも言わんばかりに柄を僅かに持ち上げ強く階段の段に突きつけると、やはりあの綺麗な音が響いた。
「レノイ、今の言葉を最期の言葉と思って忘れないでおくれな。志織、精神体が死ぬ前の言葉を忘れないでおくれな」
「はっ、はい!」
「…………はい」
 理人がもう一度凛とした音を打ち鳴らす。するとそれを最後に長老の魂は完全に球体に戻って、志織の掌からものすごいスピードで飛んでいってしまった。周りもそうらしく光の線が何百本も生まれてある一点に集束する。
 ある一点――長老の精神体のその真上に。
 集まった魂の欠片は、集まって光が強くなり球体は細長い楕円の形を取っていき、魂が一欠片ずつ集まるたびに眩しくなって目を開けていられなくなる。最後の方の魂が集まる頃にはもう目を瞑ってその前に手を影にしていても光が目に入ってきて白い視界になったその時、不意にその眩しさが収まった。
 そろそろと志織が目を開けるとそこはもう光溢れる場所ではなく、元の会場に戻っていてそして志織の手の中にもあった長老の魂の欠片は、もうきちんと等身大の長老になって半透明のまま精神体の上に浮いていた。
 まだ完全には回復していないのか、足取りが覚束なかったけれど理人はそれでも大鎌を支えにはせず背筋を伸ばして立ち上がった。
 そして片手で持っていた大鎌を両手で持ち直し斜め上に振り上げる。
 そうしてそれからの動作がとても綺麗だと志織は思った。振り上げた大鎌を一気に振り下ろして長老の精神体と魂を繋いでいる部分を切断する。そうして魂だけになった長老は理人に近付いていくと、理人はまた片手で大鎌を持ち替え、もう片方の手で長老の手を取る。それから理人は導くように、送るように流れる動作で長老を上に誘った。
 それからは一瞬だった。遠くからでよく確認は出来なかったけれど長老が僅かに微笑んだような気がした後、最初からそこに長老の魂なんて無かったかのように掻き消えて――空気に溶けてしまった。
 後に残されたのは長老の精神体の亡骸だけ。
「え、あれ……?」
 それがいつも人の魂を送る時とまるで違くて。志織はさっきまで確かにいた長老の魂を探すように周りを見回した。
「長老、は……?」
「もう此処にはいない」
 レノイがどこか淋しそうな響きを持って、ポツリと呟いた。
「いないって」
「死んだ後、自我とか未練に縛られて自分が何処に行ったらいいか分からなくなるのは人間くらいなもんだ。ほんの小さな赤ん坊とか動物とか植物に宿ってる魂は自然に死神が導かなくても何処に行っていいか分かる。純粋な死神もな。ただ本当に長い間精神体に入ってたから魂を引き剥がしたり、繋がりを切断しなきゃならないけどな。けどそれが終わったから、長老は逝くべきトコロへ逝ったんだ」
 それは随分とあっさりした別れ。さっきまで何の温度も感触も無かったけれど、この掌にいた長老が。少し前まで普通に生きていた長老がもうここの何処にもいない。
死はいずれ必ず誰にも来るモノだと、生前の白い病室でずっと自分に言い聞かせていた事なのに、実際に他の人のその場面を見たら涙が一滴、自然に瞳から流れだしてきた。
「やぁ……、志織……」
 それを見てというわけではないだろうに、タイミング悪く。もしくはちょうどよく志織に声をかけてきたのは、疲労を全く隠さない声の理人と理人をさりげなく支える椿。
「理人さん……! 大丈夫ですか……っ?」
「うん、まぁ、今から休んでれば、明日には回復するし……。気ぃ遣ってか、誰も話しかけて、こないしね……」
「そうです。早くお休みになって下さい」
 叱責するのは椿の声。
「や、だって再度言っておこうかなーと、思って。いい加減ウザいから仲直り……してね?」
疲れた笑顔でそう言った理人には、しかし有無を言わさない威圧感があった。
「は、い……」
 居たたまれないように返事をしたのは、避けていたレノイの方。
「じゃあまた明日……。椿、ちょっと肩もう少し、持ってくれない?」
「はい」
 肩に手を回していた椿が、椿より身長の低い理人の肩を更に深く抱える。
「じゃあ、また明日……」
「お休みなさい」
 手を軽く振って、力弱い笑顔で理人は椿に連れられてこの場を出て行った。手を振り返していた志織と見送ったレノイはその場に取り残された。
「……俺らも行くか」
 ため息をついてレノイは志織の返事も待たずに襟首部分の服を掴まれて、会場を後にされる。その衝撃で頬に残っていた涙が空気の中へと飛んでいく。
「ちょ、だからそんな急に……っ! 苦しいっ!」
「じゃあ遅れないようについてくるんだな」
 手を離されると少しだけ気管を絞めていたのが外れて途端に呼吸が楽になる。絞められていた部分の喉が少しだけ痛くて鎖骨の上辺りの部分をさする。
 さすりながらレノイにしてはスローペース。志織にはちょうどいいペースで歩くレノイについていく。会場の中にはまだたくさんの死神がいて、けれど誰もが悲しみに暮れてはいなかった。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶