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死神に鎮魂歌を

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 理人はいつもは色とりどりの私服を着ていて死神長の部屋で電車の模型と戯れているのに、今は上から下まで真っ黒なローブの死神装束を着て、その手には肩を支えにして志織が使っている大鎌よりも1.5倍は大きな鎌を、それでも片手で軽々と持っていた。
「やっほー、志織。そうだよね。志織はオレのこの姿初めて見るよね。オレっていうか死神長は自分の支部の死神が死んだ時に、その死神の精神体の中から魂を引きずり出して魂と精神体を切る役割も持ってるの。要するに、志織たちが人間にやってる事の死神バージョンね。死神はだいたい平均寿命が四千年近くあるから、そこまで生きてると魂が精神体と半分同化しかけちゃって、魂が精神体から出てこれなくなっちゃうんだよ。で、これは死神用の大鎌。だから長老の魂はまだ長老の精神体の中に入ってるよ」
 その時、同じ出入り口からスッと音も立てずに椿が入ってきた。志織と目が合うと僅かに会釈する。
「で、レノイ。最近のお前はウザい。志織とのやり取りなんて見ててこっちが気分悪い」
 何も持っていない片手でレノイを指してそう理人は言い放った。
 普通の死神はレノイと志織の不仲は知らないが、理人と椿は唯二人知っていた。
「……申し訳ありません。そう仰るなら今後は善処しますので……」
「で、志織。レノイは普段からよく世話焼いてくれたの?」
 レノイの言葉はまるで無視して志織に近付いて理人は訊いてくる。
「え、あ、はい……。普段からよく……」
「ふんふん。例えば何してくれたの?」
「魂の切断した後に気分悪くなった私をずっと看ててくれたりとか、それから」
「オッケー、それが聞ければ十分。おかしいねぇ、レノイ。お前の話だと、自分が志織にそうしてたのは減罪のためだって言ってたけど、確かに新人の指導は減罪対象に入るけどそこまでは見ないはずだって知ってたよね? 減罪対象になるのは魂の切断とか、そういう仕事方面だけであって、私生活は指導を受けている死神側からよほどヒドい苦情が入らない限りは放っておいても、ましてやどれだけ世話を焼いても減罪なんかされやしないって知ってたよねぇ? なのに何で前はそれをして、今はそれをしなくなっちゃったのかなぁ?」
 ワザといらやしく語尾を伸ばして理人はレノイの方へと視線を動かして訊いてくる。
 訊かれたレノイは答えられないのか、顔を斜め下に向けて黙ってしまった。
「まぁそれは志織が訊くって事で。今の志織のしつこさだったら大丈夫でしょ」
「え、あ、あの、スミマセン……! 私、長老のお葬式っていう時に……!」
 しつこいと言われて恥ずかしかったけど、それは事実だったから誤魔化すように志織は別の事を早口で喋る。
「志織」
 それを遮ったのは理人の声。声は変わらないのに、どこか悟りきった老人のような音を持つ落ち着いた、自分の名前を呼ぶ声。そしてふわりと頭に乗せられた手。
「頑張ったね」
 そしてそれだけ言って手を離すと理人は椿を後ろに引き連れて中央へと歩いていく。
 その背を見送りながら、そういえばあの人も純粋な死神で、見た目よりも遥かに長く生きているんだとぼんやり思った。
「レノイ……、今の話、本当? 前に私の世話焼いてくれたのは減罪対象にはなってなかったって事……」
 どこかまだ手の感触が残ったままの志織は、その手にも勇気付けられたような気がしてそう訊いてみた。
 そうして返ってきたのは、盛大なため息。
「……あぁ、そうだよ」
 そしてどこかムスッとしているレノイの声。その声からは、今までの冷たい響きは無かった。
「じゃ、じゃあどうして……!」
「それは……後で話す、から、今は長老の方を見てろ」
 言われてレノイの方から長老の方へと、ほぼ背後に視線を身体ごと移すといつの間にフードを被ったのか頭まで黒い装束まで覆われた理人が一人で階段の一番上、長老がいる段のすぐ下の段にいた。
 入ってきた時には挨拶していた死神たちももう今は全員下に降りていて、そこで志織は慌てだす。
「ど、どうしよう……! 私、まだ長老に挨拶してない……!」
「大丈夫だ。いいから大人しく見てろ」
 その慌てた様子に助け舟を出したのはレノイ。前までのように、今までのように。それがどうしようもなく嬉しくなって、レノイの言う通り大人しくして、レノイの隣に同じように壁に背を預けて見る事にした。
 鐘の音は今でも鳴っていて、死神たちが理人が来た事で喋るのを止めたのか、静まり返った空間の中で厳かに響き続ける。その空間の中で理人が静かに長老の胸の前で組まれた手の片手を取る。大鎌は理人がいる弾よりもう一段下に横に置いてあった。
 そうしてその取った長老の手を握って指先を辿って手の裏に移動して手の甲を撫でて、そうして長老の手から離れた時、理人はその手に長老の手を握っていた。――半透明の、魂の状態の長老の手を。
 精神体の方の手はパタリと段に落ちて行く。
 そうして片手だけ半透明の長老の魂が現れた。
 すると次はもう一方の手にも同じような動作をしていく。手をゆっくりと撫で、少しずつ魂を出してきて、手の部分の魂を出していく。
「……さっき、死神長が死神の魂は長い年月生きてきたから、半分精神体と同化してるって言ってただろ……?」
 その途中でレノイが小声で話しかけてきた。
 その間にも理人は次には頭を顎からゆっくりと顔を上に撫で、そうしてそのまま後頭部まで撫で顔の部分の魂を出した。
「……だからああやって、部分部分の魂を引きずり出さなきゃいけないんだ。人間みたいに短い時間しか生きてないから自然に出てくるなんて事はない」
 その話の間にも理人は片脚ずつ魂を出していく。
「……やった事はないけど、相当疲労が激しいって聞いた事は、ある」
 そうして最後に胴体に手をかざす。胸から腹にかけてゆっくりと身体の輪郭をなぞるように。その手の動きは淀みなく、遠くから見ている志織にはフードを被っている理人の顔色も何も伺えなかった。
 そして最後には胸、心臓がある辺りの部分を握って理人は勢いよく上に伸ばした。その手に半透明の長老の魂全てを持って。
 その光景はいつも志織が人の魂を切断する前の光景そのもので、そして一閃、後ろ手に一段下にあった大鎌を横に薙いで魂と精神体を繋ぐ部分を断ち切る。けれどそれからがいつもと違った。何もしていないのに、瞬間長老の魂が、その場から消失する。
 その代わりに出現したのは
「……雪?」
 雲も何もない部屋の中で、白く丸いモノが天井からゆっくり降り始めた。
「いや、違う。手に取ってみろ」
 それは志織が今まで見てきた雪よりも余程スピードが何倍も遅く、加えてソレは志織の両手でちょうど収まる位に大きかった。
 捕まえるのには容易いそれを、一番近くに降ってきたソレを志織は手に取った。途端、
「あぁ、志織かい?」
「……長老!?」
 その球体と同じくらいの大きさの、半透明の長老が志織の掌に現れて、笑顔を殊更深くして挨拶をする。
「え、な、どうしてですか!」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶