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死神に鎮魂歌を

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 それから志織は自分の中でも整理しながら話し始めた。双子から聞かされた、志織以外の元人間の死神が地獄逝きだったという事。それは真実で、それをレノイに訊いた時に本当はずっと邪魔だと思われていたんだと言われた事。胸の痛み。死神になってまで生き続ける意味。
 頭では長老に言ったってどうしようもない事だってあると思うのに、志織は今胸につっかえている事全てを話してしまっていた。
 そして長老は何を言うでもなく、ただ相槌をうって聞いてくれた。
「そうか……」
 そうして、志織の拙い話が終わった後、長老はそれだけを言う。
 それからしばらくの間、長老は黙って窓の外にある浮遊する植物を眺めながら、沈黙を作り出す。志織の方も、言いたい事は全部言ってしまって、何を言っていいか分からなくなったから、長老と同じく目を癒してくれる植物達を眺める。
「それで、志織はどうしたい?」
「どう……したい?」
「それは自殺となんら変わりない行動だが、志織だけは望めば今すぐにでも苦しまずに天国に逝く事が出来る。けど、ここ二週間そうしなかったのは、何かまだ生きたいと望んでいる理由があると、儂は思うんだがの」
「それは……」
 ただ今まで色んな事があってショックで、そのショックに頭を占められていたからです。と続けようとして、志織はふとその言葉を止めた。
 本当にそうだろうか? こうして今、長老に言われて方法が示された今、私はそうしたいと思うだろうか?
 考えて考えて、出した志織の答えは否だった。
 何か、何か諦められないモノが志織の中にまだある。
「それは? よぅく考えてごらん」
 長老に促されなくても、探り始めた志織自身の中。
 どうして私はこの世界で生き続けようとしたいの?
 どうして私は簡単な死を、天国逝きを選ばないの?
 痛みがあっても、まだ志織の中で存在理由を探したい心があるからもきっとある。けれどそれ以上にあるのは。
 最初に迎えに来てくれた時の笑顔。記憶が全部流れ込んでも毅然としていた。人が変わったように性格が豹変しても底辺に流れる優しさは変わらなかった。いつだって魂の糸を切った後、動く事すらままならない志織を支える腕は気遣っていた。悩んでいた時は何も言わなかったけれど、邪険にする事もせず自分だけの答えに辿り着かせてくれた。初めて治療区に来た時に来てくれた。二人部屋の時に、それが当然とでもいうようにレノイはずっと硬いフローリングの床で寝ていた。ベッドの志織が交代すると何度も言ったのに。記憶の奔流に体調を悪くした志織を寝付くまでいつも手を握ったり、頭を撫でてたりしてくれた。
 レノイ。
 あの全部が全部、減罪のためにした事だなんて、本人から言われた今でも志織にはどうしても信じられなかった。
「確かめたい……っ! 私はまだ、生きていたいっ!」
「そうか……。いい答えが聞けたようで、安心した……」
 そう言うと長老は今まで起こしていた上体をベッドに預けて、横になってしまった。
 顔色を見ると最初入ってきたときより若干悪く、呼吸も浅くなっていた。
「だ、大丈夫ですか!? 誰か呼びますか?」
「じゃあ、そこのボタンを押してもらえるかな……? あと、志織……」
 長老の冷たくも暖かくもない皺だらけの手が、志織の頬を撫でる。今まで泣いていた志織の涙の跡をなぞるように。拭うように。
 志織は言われて初めて見つけた、枕の脇に取り付けてあるボタンを押した後は、ただハラハラした顔をするだけでされるがままになっていた。
「さっきはあんな事を言ったが、自分から死んではいけない……。何万回、もう数える事すら出来ないほど、無念の内に死んでいった人を見てきたから……、志織は、全く別だけどまた志織として、生きる事を許されたのだから……、それを自分から、絶っちゃいけないよ……。今は辛くても……志織には先を生きる事が……、生きなきゃいけない事が、また与えられたんだから……」
「……長老……」
 泣きそうになりながらもそれを堪えて、何とか笑顔で頷いた。
 そこまですると廊下からバタバタとした足音が複数聞こえてきた。
「長老!」
「お待たせしました!」
 複数の、同じ死神の服を着た数人の男女が駆け込んできた。志織の中で完全に、医者のような人が来るかと思っていたからそれに面食らう。
「君は……?」
「あ、高槻志織、です」
「あぁ、君が例の……。長老に用だったら、申し訳ないんだがこの状態だから後にしてもらえないだろうか?」
「いえもう、終わりましたので」
 それだけ言って、やってきた人たちと長老に頭を下げて志織は部屋を出て行った。
 二度目ともなるとなんとなく帰り道も分かる。サリアと通ってきた廊下を、今度は一人で長老の無事を祈りながら歩いていく。
 レノイに拒絶された時を思い出すとまだ志織の胸は痛む。けれどどこか軽くなって、そして生きている証としてほんの僅か、愛しさを感じるようにまでなった気がする。
 明日、魂を回収する時間の前に自分からレノイに会いに行ってみよう。
 長老の無事を祈りながら、それを決意して志織は自分の部屋へと戻っていく。



 そうしてこの日、長老が亡くなった。



 それが聞こえたのは、もういつも志織が起きる時間近くの午前六時ちょっと過ぎの事だった。
 鐘の音よりは凛としていて、鈴の音よりは優しい透明感のある不思議な音色の音が、スピーカーなど無い部屋に鳴り響いた。
「……ぅ、ん……?」
 頭が痛くなるほどではなかったが、大きな音量でそれはゆっくりと鳴り響き続け志織を眠りの世界から引っ張り出した。
 部屋の中は黎明の薄暗い空気に包まれていて、寝惚け眼で窓に引いてあったカーテンを開けると一気に窓の外の光で覚醒する。精神構成体で作られたカーテンは光を遮る目的のものではなくて、朝も昼も夜も実際にはないこの世界に擬似的に一日を作り出すもので、カーテンを引いた時の時刻にあわせて部屋の中に昼間の光を与えてくれたり、深夜の暗闇を与えてくれたりしてくれた。
 だからか、中にはカーテンを引きっぱなしの死神も多数存在すると、一緒に住んでいた時にレノイから聞いた事を、まだどこか薄ぼんやりしている頭で志織は思い出した。
 レノイの事を思い出すと、また胸が痛い。けれどそれを裂くようにもう一度リィーンと部屋中に響く。
 聞いた事のない音に首を傾げていると、その音の間をぬうように志織の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「志織さん。起きていますか?」
 ドアの外から聞こえてきたのは椿の声だった。
「あ、はい! ちょっと待って下さい!」
 まだ寝癖がついた頭や寝間着のままなのを気にしてそう答えたが、髪を何とか直した時点であまり待たせるのも失礼かと思い、同じ女性だからいいかと思って志織は寝間着のままドアを開けた。
 そこには椿が一人で立っていた。そして椿の向こう側にはなにやらバタバタしている慌てた雰囲気の死神たち。
「あの……何かあったんですか?」
 その雰囲気が異様で、どこか椿にもいつもと違う違和感を感じて、不安げに志織はそう口に出していた。
「……長老の事はご存知だと聞きましたが、本当にご存知なんですか?」
「え、あ、はい」
「長老がお亡くなりになりました」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶