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死神に鎮魂歌を

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第四章 変化の彼らに祝福を



 治療区は今日も病院に似た静謐な空気に満たされていた。
「志織さんが訪れたら、きっと長老も喜ばれますよ」
「そう……ですかね……」
 その廊下で、志織はそうサリアと会話をしていた。
 あの日。レノイから話を聞いて志織は泣きながら飛び込もうとした自室の部屋のドアを開けた時、ちょうど部屋を出て行こうとしたサリアと鉢合わせしたのだ。
 けれど泣いている言い訳を考えて慌てていた志織に何も言わずに彼女はただそっと背中を押して、志織を部屋に入れドアを閉めただけで何も言わず、そして何も訊こうともしなかった。
 それから何となく、同じ女性という事もあるのだろうが彼女に懐いてしまった。サリアは元からの純粋な死神で、そこの点は違ったが。
 そうして志織がサリアと仲良くなるこの二週間ほど、志織は魂の回収以外でレノイと会う事は無かった。志織は会おうとすると、あの今まで味わった事のない『人から拒絶される痛み』が胸深くジクジクと疼いてその痛みが志織を留まらせた。
 レノイからのコンタクトも無く、二人が唯一会う志織の魂回収の時は今まで味わったようのない重い沈黙に支配されてレノイからの態度も今までと違って冷たいものだった。それがいつまでも志織から痛みを引かせてくれない悪循環に陥っていた。
 そんな中、また休みに入った今日。ふと志織は長老の事を思い出した。
 もう一度会ってみたいと。話を聞いてほしいと思った。
 けれど前回は瑞希と瑞穂にほとんど強引に連れて行かれた事もあって、治療区の場所がどこだか分からずちょうど時間が空いていたらしいサリアに訊いてみると、今こうして二人で歩いている事になっていた。
「えぇ。最近少し体調を崩す事が多くなってきたって聞きましたから、今日大丈夫なのかどうかは分かりませんが」
「それって、大丈夫なんですか?」
「今日が駄目でしたらまた明日、見舞ってみてはいかがですか?」
「いえ、そういう事じゃなくて……長老の体調の方が大丈夫かなって」
「それは、……仕方のない事だと思いますよ。志織さんもよくご存知だと思いますが」
 あまり表情に変化を見せる事が少ないサリアだったが、この時ばかりはほんの少し哀しそうな顔をする。
「着きましたよ」
 けれどその表情は一瞬で霧散して、白いドアの前でサリアは止まる。
 そのドアをサリアが二度ノックして、中から返事が返ってくるのを一緒になって志織は待つ。
「どなたかな?」
 サリアからさっきあまり体調がよくないという話を聞いた所為だろうか。以前に聞いた時よりもどこか弱々しくなったような気がする長老の声が、中から尋ねてきた。
「サリアです。入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、どうぞ。鍵なんかかかってないから、勝手に入ってきてくれて構わないよ」
 そうしてドアを引いたのはサリア。だったが、サリアはドアの横に立つだけで、開いたドアの中に入れと手だけで志織を促す。
「あぁ。志織も一緒だったのかい」
「いいえ、私はこれから仕事ですのでこれで失礼します。志織さん、帰り道は分かりますよね? 本当に申し訳ないのですが、これから本当に仕事で行かなくてはならないんですよ」
「あっ、い、いいえ。案内してくれただけで大丈夫ですから。本当にありがとうございます!」
「では……。私の分も見舞ってきて下さいね」
 柔らかな微笑みを残してサリアは去っていく。
 開けっ放しになったドアから入って、後ろ手で閉めた部屋の中は相変わらず静かな雰囲気で、三週間以上前に会った長老も具合は悪いと聞いたのに、本人もあまり変わらないように見えたし、治療機具も何も無かった。
「こんにちは、志織。そんな入り口に立っていないでこっちに来たらどうだい?」
「あ、……はい。失礼、します」
 部屋の中にまで入っていって椅子を引いて座ったところで、自分が何もお見舞いの品を持ってきてない事を志織は気付いた。
「あ、あのっ、スミマセン……!」
「何がだい?」
「お見舞いに来たって言うのに何も持ってこられなくて……」
「そんな事は気にしなくても構わんのに。そうやって気にしてくれただけでいい。その心と、こうして来てくれた事が儂にとっては一番嬉しい事だよ」
 そう言って上体を起こしていた長老は志織の頭を撫でる。
 やっぱり温度はそんなに感じない手は、それでもなおどこか暖かい。
「あの、お加減はいかがですか?」
「うん。今日は調子がいいな。けれど最近は少しずつ伏せってくる事が多くなったかの」
「じゃあやっぱり私、日を改めた方が……」
「いや、それは構わんよ。調子を悪くしたり取り戻したりしながら徐々に衰えていって、そうして死んでいくのが自然な事なのだから、今日を逃したら明日は話せないかもしれないぞ?」
 何でもない事のように『死』を言われて、志織は何とも言えない気持ちになる。
「そんなに簡単に、死ぬ事を受け入れちゃいけないんだと思います、けど」
「……あぁ、そうか。志織は人間の死神だったの。諦めてるわけじゃなくてこれが儂ら死神たち当然の考えでな。精神体の身体はめったなことでは病気はせんし、肉体ほど脆く怪我で死ぬ事だって無い。弱ってきた時はそれがもう限界で、そんな死を迎えられなかった人間の死を何万回と見てきた儂は思うんだよ。こうやって限界が来て死ぬ事は幸せな事なんじゃないかと。それに四千年近くもう生きておるしな。そろそろ飽きてきたわい」
 冗談のように言って笑う長老の隣で、けれど志織は最初から僅かにしていた沈んだ顔をますます沈ませる。
「……私も、あのまま、死んじゃった方がよかったんですかね。だって限界を迎えて死んじゃったわけですし……」
 そう言いながら意識せず、志織の目尻から涙が零れてきた。それは止まる事なく段々と顔を歪ませて涙を流すから、泣くに変わっていく。
 胸の痛みが思い出したようにまた痛くなってくる。
 これが生きていく上での痛みだというなら、あの魂を初めて切断した時ですら思わなかった、今の死神としての生を自分の存在理由を見つけられなくても志織は放棄してしまいたかった。
 もう一つのここで生きていこうとした理由の人には手酷い言葉で切られて。
 泣き声を上げて、何度も喪服にも似た服の袖で涙を拭う志織に長老は。またそっとその頭を撫でるだけだった。
「何か、辛い事があったのだね」
「……っ……! だっ、レノ……ぃが……ぁ……!」
 その優しい手にますます涙腺が緩んで、喋ろうとしても泣き声が先に出て上手く喋れなくなって、結局長老に撫でられたまま何とか落ち着くまでの数分、ただ志織は長老の許してくれるまま泣き続けた。
「本当に……いきなり、ゴメンなさい……」
 そして号泣から回復した時、最初に言ったのは長老への謝罪だった。恥ずかしそうに微かに赤くなった顔を俯かせて、まだしゃくり上げながらそれでもきちんと言葉になる。
「何、構わんよ。……それで、話をしに儂のトコロに来たのかな? それだけ辛いなら今は言わなくて時を待つというのも一つの手だとは思うが」
「……分からなく、なったんです……」
 長老の言葉に頭を振って、志織はポツリと言葉にした。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶