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死神に鎮魂歌を

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「ううん、そうじゃなくて……、レノイの部屋、両方とも人いたでしょ? レノイの隣になったって事は……その人たちのどっちかが、私の所為で部屋移動しなきゃ、ならなかったって事だからちょっと、申し訳なくて……」
「移動はしていませんよ」
「え?」
 椿の言葉に少し項垂れていた志織は頭を上げた。
「今『空間増築』という言葉が出てきたと思いますが、レノイさんの部屋とサリアさん。レノイさんの隣に住んでる女性死神の事ですが、そのサリアさんの部屋との間に志織さんの部屋分のスペースを作ったのです。これが『空間増築』で、コレには少々時間がかかりますので今まで多少不便でしたでしょう。申し訳ありません」
「え、ちょっと……待って下さい……」
 志織はまだ回りにくい頭の中でそれでも何とかレノイの部屋と、今名前が出てきたサリアの部屋のドアが並んでいる図を思い浮かべる。そこから更にこの二つの部屋の間を真っ二つに切って間を広げてそこに出来たスペースを志織の部屋にした、という図を想像する。
 完璧な正解のその想像を、けれど志織はにわかには信じられなかった。
「そんな事……出来るんですか?」
「出来るよー。ここは志織が元いた世界じゃないもん。元の世界で出来なかった事がここでは出来たりするの。逆もあるけどね。あ、内装とかはわりと自由に出来るからそこら辺もまたレノイに教えてもらって」
 言いながら志織達に背を向けて机の上を這いながら移動していた理人は、貰った誓約書をどこかの引き出しにしまったのだろうか。引き出しが開いて、閉まる音がする。
 だから僅かな距離とはいえ机の奥の方に行ってしまった理人はそれでも至近距離とは言える距離で振り向いて、どこかからかうようなニヤニヤした笑みを浮かべた。
「いやー、それにしても志織は不安だったでしょー? ひょっとしたらレノイに襲われるんじゃないかって毎晩不安だったんじゃないの?」
「おそ、われる?」
「そんな事するはずはないですよ。俺から見ればまだ子供ですらないのに」
「見た目的にはそうは見えないけどなぁ。まぁレノイももう百年以上ここにいるもんね」
「え、あの。どうして……レノイが、私を攻撃、しなきゃ、ならないん……ですか?」
 不意の志織の苦しいながらも尋ねた質問で、部屋の空気が一瞬凍った。ような気がした。
「んーとね、一つ訊いていい? 志織ちゃんの中で『襲われる』って一体どういう意味でインプットされてるの?」
「えっと……、いきなり殴りかかったりとか、そういう暴力を、加えたりする事……じゃない、んですか?」
「いや、確かに純粋にそういう意味もあるけどね……説明するのオレ嫌だからレノイ代わりにしといて」
「拒否します」
「上司命れ」
「拒否します」
「え、え……? 何、ですか? 何、なんですか?」
 何故か多少気まずそうにしている理人とレノイ、そして沈黙を守ってる椿の中で一人、志織は混乱し始める。
 十六年間、治療に明け暮れ世の中の多くをあまり知らず、無知で無垢に育ってしまった志織は。



 仕組みがどうなっているのか全く志織には分からなかったが、本当にレノイの隣に志織の部屋があって、白い扉には同色の浮き彫り文字で志織のコードナンバーである7451という数字が簡素に刻まれていた。
 変わらず疲労が抜けない志織を運んで、レノイはその部屋の中。ベッドの上に志織を放り投げた。
「ぶ」
 誰が使った痕跡もない、柔らかいベッドの上に志織は沈む。
 部屋の中にはベッドと机と収納スペースとしてクローゼットが取り付けてあるだけで他には何も無い。一面にわりと大きな窓があって、そこからまた根にあたる部分が水色の半球体に包まれている植物がいくつも浮いているのが見えて目を和ませてはくれたが。
 レノイの部屋は今の志織の部屋と同じくらい無味乾燥だったが、欲しいならある程度家具を揃える場所もあるとだけ、自室に戻る途中でレノイが教えてくれた。
「じゃあさっさと休めよ。ただでさえ使い物にならないのに、休まないで更に使い物にならなくなるだなんて俺が困るんだからな」
「うん……」
 うつ伏せで横になっている所為か、志織の声は半分以上ベッドに吸い込まれる。
 それでもその声を聞いて、レノイは部屋を出て行った。
 残ってる力で何とか布団の中に潜り込むと、まだ窓の外から入ってくる光が部屋を煌々と照らしているのにも関わらず疲労からすぐに志織はウトウトと眠りの世界に誘われる。
「「しっおりー!」」
 それを引き戻したのは見事なデュオ。少女特有の高い声に、睡魔からの誘いの手は志織の前から瞬時に消えていった。
「……二人とも……」
 半分眠っていた状態から叩き起こされたようなもので痛む頭でそれでも志織は上体を起こした。そういえば着替えもしなければならないし、室内灯も消さなければならないからある意味起こしてくれて助かったと志織は思うことにした。
「「部屋が出来たって椿さんから聞いたの。だからお祝いにお花と花瓶持ってきたの。多分まだ何にも部屋にないと思って。今度、一緒に色んなもの見に行こーね!」」
 そう言って瑞穂が右手で、瑞希が左手で差し出したのは。
「うわぁ……、綺麗……!」
 半透明の、硝子のような素材に見える水色の花瓶の中には、十何本もの優しい色をした思わず志織が感嘆の声を上げるほど綺麗な青い薔薇だった。
「「でしょ? 綺麗でしょ? そういえば人間の世界でも最近、青い薔薇を作るのに成功したみたいだけど、こっちにはずっと前からあったから、最初見た時からあたし達の一番好きな花なの! 志織も気に入ってくれたみたいで嬉しいな!」」
「うん、すごい……本当に、綺麗」
 志織がいるベッドサイドに二人が丁寧に青い薔薇が挿している花瓶を置く。
 その綺麗さに感動したまま花びらに志織に触れると、絹のような柔らかい感触を伝えてくれる。
 そんな様子を見て二人の対なる、そして同一なる少女たちは満足そうに笑う。
 それから身を屈めて、志織の薔薇に触れていない左手をそっと二対の手で包み込む。
「え……?」
 計四本の手に手を握られて、薔薇に意識が向いていた志織は戸惑う。
 見ると瑞希も瑞穂も本当に安心したとでも言いたげな、柔らかい微笑みをしていた。
「「でも本当によかった。志織がアイツから離れられて……。部屋まで一緒だなんて、怖くて怖くて仕方なかったでしょ?」」
「え……?」
 今日の会話を聞いたわけではないはずだろうに、二人は理人と同じ事を言う。
 そんなに深刻に考えていたわけではないが、疑問に引っ掛かっていた事だからこの二人だったら訊いたら答えてくれるかもしれない。
 そんな軽い気持ちで志織は口を開いていた。
「ねぇ、二人とも『襲われる』って、いきなり危害加えられたりするとかそういう以外の意味で何かあったりするの?」
 そう。ほんの軽い気持ちで。
 けれど二人の反応は顕著だった。ピクリと一瞬身を強張らせると今まで笑っていた表情は無になり、まるで人形のようになる。
「二人とも? どうし……」
「「襲われたの……? 志織」」
「え、いやそういうわけじゃなくて……」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶