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死神に鎮魂歌を

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「……うるさいとも、言わなかったよね」
「人が真剣に悩んでるのに邪魔するような事言うわけねぇじゃねぇか。それともう一つ。何も言わなかったのはお前が自分で結論出さないと意味ないからだろうが。人に言われて決めた事なんて決めてないのとほとんど変わらないんだよ。お前が悩んで決めた事じゃなきゃな」
 きっぱりした口調に、何の進言も不満も言わなかったレノイの優しさとか強さを改めて志織は感じた。そんなレノイから誓約書に視線を移した志織は自分が書いた名前を改めて眺めてそれを撫でる。そんなレノイの役に立ちたい、と言った自分の言葉を思い出しながら。
 長老から言葉こそ貰ったものの、ここにいてやる事をやると今はっきり決めたのは志織の、志織だけの意志だ。
 譲れない願いが志織にはあるから。私はまだ私としてどこでもいいから存在していたいという願いが。
 その志織の手から名前が書き終わった誓約書が取り上げられる。レノイはそれを自分の顔の前まで持っていってそれを眺めた後、
「ま、これでやっぱり天国逝きますってなったらお前のお守り役から解放されるから、気になるくらいなら書かないで逝ったらいい。とは何度も言いかけそうになったけどな」
「またそう言う……」
 それでも誓約書から半分ほど見えるレノイの顔はからかうように笑っていて、本気で言ってない事くらいは志織には分かった。
「失くさないようにしまっておけよ。回収したら俺が死神長に出しに行くんだから、分かりやすくファイルに挟んどけ」
「え、私が出しに行くよ?」
「もう時間。プラス魂の切断後のお前が使い物になるとは当分思えない」
 それだけ言って誓約書を返すとまたさっさとレノイは歩き出してしまった。
「だからそんなはっきりした言い方……」
 誓約書を受け取った志織はレノイに届かないくらい小さく呟いた後、それでも駆け出してレノイの後を追った。
「ねぇ、それでもやっぱり私が出しに行く! 私に出しに行かせて!」
 そう背中に叫びかけて。



 レノイは一体どれくらいでこの感覚に慣れ始めたんだろう。
 最初の時と全く変わった様子の見られない自分の反応に相変わらず全身の力を抜かれ、今日もレノイの肩に担がれながら志織はふと思った。
 けれどそれを口に出す気力もない。ただ胸の中にしっかりと誓約書が入ったファイルを抱きしめている事しか出来なかった。
 最初、誓約書は使い物にならなくなる志織よりも自分が出しに行くとレノイが言ったが、志織が頑として譲らなかったので諦めてファイルの中のリストだけを取り出して、先に今日下された魂の回収報告を一人で行ってきた。
 そこから戻ってきて、倒れた志織を運ぶのはいつもの事。
 業務区に繋がる扉をレノイが開けていつも沈黙を守っている廊下を、レノイに担がれながら進む。
 少しすると両側のと同色の白の、けれど大きさは二回りも大きい廊下の形をそのまま扉にしたかのような扉が見えてきた。
 魂だけの状態の時には見えなかった扉。精神体という入れ物に入って見られるようになった扉。死神長の理人がいる部屋へと続く扉。
 大きさのわりにそれはほとんど重さはないようで、レノイはノックをしてから中から返事が返ってくると片手で扉を開ける。重さ云々は志織が扉を開けた事がないので分からないが。
「失礼します」
 断って入った中は相変わらず電車の模型とそれを走らせる鉄道のレールが精密なパズルのように複雑にそれでも狂いなく張り巡らせていた。
「今さっき来たばかりだよね? どうしたの? 志織も、ちょっと久しぶり」
 電車の稼動音をぬって、机に腰掛けて電車を操作してる理人が言葉を発する。
 最初に会った時以来、志織が担当している分の魂の回収報告は全部レノイがやってくれていて、志織は使い物にならないそのままで部屋に戻っていたから理人と会うのは一週間ぶりの事になる。
 一週間ぶりの理人は相変わらず紫の綺麗な瞳で無邪気に多種のリモコンを弄っていた。
「どうしてもコイツが貴方に会いたいと言ってきまして」
「えぇ、何ー? ひょっとしてオレ、一目惚れされちゃったとか? やだなー、そんな熱い事言ってくれるなんて」
「どうやら違うようです」
「レノイもさぁ、少しは冗談に付き合うって事を覚えてよ。つまんない」
「出来るだけ善処します。志織」
 呼びかけられて、志織はレノイの肩から下ろされる。
 まだ凝縮された一生が残る身体では足が震えて、レノイを支えにしなければ立っていられなかったがそれでも何とか奮い立たせて、支えに使っている右手とは反対の左手で持っていたファイルの中から自分の名前が書かれた誓約書を取り出す。
「これ……、遅くなって申し訳ありませんでした……」
 レノイに手伝ってもらいレールの合間を通って、直接手渡せる距離で志織は誓約書を理人に渡した。
「はい、確かに。受け取りました。これで志織も完全に死神の一員だね」
 何の感情の動きも見せずに理人は、二人がこの部屋に入ってきた時の笑顔のままでそれを受け取った。
 何かしらの感情の変化があったもなくても、誓約書を出した時の理人の反応を自分の目で直接見なければいけないと思っていたから頑として譲らなかった志織は、その理人の表情を目に焼き付ける。
「あ、でも戻ってきてくれて助かったかも。実は二人に伝え忘れてた事があってね。ね、椿。今、その話してたんだよね」
「そうですね」
 椿は最初会った時と同じく、喋らなければ存在に気付かない気配を纏っていた。凛とした声で輪郭がはっきりする。
「伝え忘れてた事ですか?」
「はい。志織さんの部屋が出来たのでその事を伝えようかと思っていたのですが、回収報告が終わった後にレノイさんが急いだ様子で部屋を出て行かれましたので言い忘れておりました」
「いそいだようす……?」
「部屋が出来たんですか?」
 志織の繰り返しの言葉を遮るかのようにレノイが聞き返す。
「えぇ。何かと指導役のレノイさんの隣の部屋がいいでしょうから、そうなると空間増築が必要になってきますから多少の時間はかかってしまいましたが、レノイさんの部屋の隣に、志織さん、貴女の部屋が出来ましたよ」
「え、でも……」
 レノイの部屋には両方とも部屋があって確かにその中に住人がいたはずだ。
 部屋の扉を正面として右隣には、明るくて軽快な男の人がいて最初志織を見つけた時は「あー、君が噂の子かぁ。レノイはけっこう癖あるけど頑張れよー」と言って遠慮無しに頭をわしゃわしゃと撫でられて歓迎された覚えがあるし、左隣の人はストレートの藍色ロングの髪が似合う深窓の令嬢のような雰囲気を持つ女性で、何度かあって挨拶と一緒に微笑まれた笑顔がとても素敵な人だった。
 レノイの隣に部屋が出来たという事はその二人のどちらかが部屋を追い出されたという事だろうか。
 数回しか会っていないがいい印象を持っていた二人だけに、志織は自分の所為で移動せざるをえなくなったどちらかを考えて少し落ち込んでしまう。
「? 何、しょげてるんだ? 部屋が出来たのが嫌なのか?」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶