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死神に鎮魂歌を

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「……ありがとう。瑞穂に瑞希」
「「うん。どういたしまして!」」
 名前で呼ぶと途端に破顔する二人。最初こそ不気味さが付きまとっていたが、その理由もあり素直に自分に好感を持っている事がありありと分かる二人に志織は少しずつ親しみを感じ始めていた。
「それじゃあ、行きなさい」
「「酷いことされたらすぐに言ってね! あたし達は志織の味方だから!」」
 長老と二人に見送られて志織は部屋を出る。扉を閉めた途端、防音がきちんとされているのかさっきまで主に瑞希と瑞穂の賑やかな空気が一瞬で無くなって、シンと静まり返った廊下に出る。
「あれ……、そういえばどっちから来たんだっけ……」
 左右を見回してみても同じ廊下が続いていて、二人にどちらから引っ張られきたのだかをどうにか志織が思い出そうとした時。
「志織!」
 この世界で誰よりも聞き慣れた声が聞こえた。
 志織から見て左方面、フードこそ被っていないが死神のローブを纏ったレノイが大股で歩いてきていた。
「あ、レノイ」
「『あ、レノイ』じゃねぇ。回収の時間間近になったら部屋にいるって普通は思うよな? なのに何ウロウロとこんな来た事ないエリアにまで来てんだ」
「あ、あのちょっと人に連れられて……」
「知ってる。瑞希に瑞穂だろ。あの二人はこの世界じゃ有名だからな。『魂を半分ずつしか持たない双子』って。その二人が死神成り立てのお前を治療区に引っ張っていったって色んな奴が話してたから」
 だったら最初の問いかけはいらないはずじゃあ、とは思ったがとりあえず志織は口に出さないでおいた。下手な事を言ったらどんな言葉が返ってくるか分からないのが『対死神用』のレノイだから。
「なんか……噂話、というか話伝わるの速い、ね……」
 だからそれは口に出さずもう一つ思った事を喋っていた。そういえば瑞希と瑞穂も志織の事は噂で聞いたと言っていたのを思い出す。
「あの二人は目立つからな。そこに一番の新入りが連れられてれば……」
 レノイは志織の姿を確認すると背を向けて歩き出していたが、不意に立ち止まると後ろを小走りでついてきた志織に目を向ける。それは割りと長い時間、志織がレノイの隣に来て眺めるという視線に志織が首を傾げるまで続く。
「レノイ? 何、どうしたの?」
「お前、あの二人に何か言われなかったか?」
 そして相変わらずレノイは志織の方を見ていて、それは眺めるというよりは強く睨んでいるというよりは弱く志織を窺っていた。そのレノイの表情に見え隠れする感情や何故そんな事を聞かれるのかが何だか分からなくて志織はまた首を傾げたかったが、それよりも
「何も言われなかったけど。……あ! 二人が凄くレノイの事嫌ってたよ! そんな二重人格で怖い性格してるからそんな事になるんだから、やっぱりもう少し改善した方が」
「あ?」
「……あ」
 ドスの効いた声と睨みつけられる蒼の瞳に『対死神用』のレノイにはもう少し言葉を選ばなければいけないと今思って忘れてしまった事を志織は思い出す。
「ナニモナイデス……」
「そうか。じゃあ行くぞ。時間は迫ってるんだからキリキリ動け」
 そう言ったのにレノイは志織のゴスロリ死神装束の襟を掴んでほとんど引っ張る形で病院にも似た廊下。レノイの話だと治療区の元の道を歩いていく。
「ちょ、ちょっと! そんなに引っ張らなくても動けるから! 引っ張ると服が伸びちゃうし、速い!」
「精神構成体に伸びる素材のなんか一切ないぞ」
 それだけ言ってレノイは手を離した。少々苦しい目にあった喉を労わるように志織が首を擦っている間にもレノイは自分のペースで歩を進めて行ってしまう。
「でも多少は伸びないと服って着れないんじゃ?」
「精神構成体の服は着る奴のサイズよりほんの少し大きくなってて、着たらサイズがピッタリになるように自動的に縮むんだ。着てる間は伸びたり縮んだりしない。ごく僅かな変化だが、もう一週間以上着てて何も感じなかったのか?」
「う……」
 レノイの言う通り、志織は今自分の身を包む服がそんな生前では不可能な技術を擁しているのに全く気付かなかった。レノイの『ものすごく鈍いな』と言いたいのがありありと分かる視線から逃げたくて、志織は目を逸らして自分が今日行く魂のデータが入っているファイルを開いて中を読むフリをする。
「あ」
 その中には誓約書がファイルの上に挟みこまれていた。誓約書を持っていたのは瑞希だからおそらくは瑞希が挟み込んだものだろう。
「キリキリ動けって言ったよな?」
 それを見た途端、足が止まってしまった志織に気付いて数歩先で同じように立ち止まったレノイがさっき言ったのと同じ言葉を少しイラついた口調で繰り返す。
「うん……」
 けれど志織はそれに応じて再び足を動かしだしたものの、視線は相変わらず誓約書の中に落ちている。傍から見ているレノイからしてみればおそらく今日何回も見たはずのリストを今更難しい顔をして眺めている志織が分からなかった。
「ねぇ、レノイ。……ペンって持ってる?」
「ペン?」
「何か書くもの。出来れば簡単に消えないようなのがいいんだけど……」
 難しい表情そのままに志織はどこかまだ考え込んでいて、意識が半分考え事に沈んでいる力無い声だったが、レノイは何も訊かずにローブの下に着ている服の胸ポケットにいつもさしているペンを取り出した。
「これからは自分で書けるもの携帯しておけ。何があるか分からねぇんだからな」
「うん……」
 きちんと聞いているのかそれとも聞いていないのかはっきりしない声で返事をした志織は、ずっと自分が見ている誓約書の下部に借りたペン先を押し付けた。
 上部はもう見なくても言える部分まで出てきてしまったほど読んだ詳細に記された『自分の気が狂ったら殺していいです。殺されても罪には問いません』という内容。
 下部の開いているスペースに志織はペンで『高槻 志織』と今までの迷いを振り切るように一気に名前を書き上げた。
「あー、この頃グダグダ悩んでたヤツか。そういう結論に至ったわけだ」
 書くために立ち止まらざるをえなかった志織の頭の上からレノイが誓約書を覗き込んで、ようやく志織が今さっきまで何を見ていたのか知った。
「え……知ってたの……?」
 その声が頭上から聞こえてきて、志織は名前を書き終わった後にレノイを見上げて驚きを滲ませた声で呟く。
 この六日間もまだ部屋は用意されていないと椿に申し訳なさそうに言われ、部屋で散々悩んでいる志織をレノイは見ていた。けれど何を悩んでるのか相談に乗るどころか訊く事すらもしなかった為、自分の悩み事で精一杯だった志織はレノイが気付いているのに気付かなかった。
「大体な。何となくお前が何で悩んでるのかも見当ついてたし。というか悩んでる時、自分じゃ気付いてないだろうが小声で何悩んでるか独り言言うんだから完全に分かってたし」
「嘘っ!」
「本当」
「じゃ、じゃあ何で何も言ったりとかアドバイスとか、」
 言ってる内にアドバイスは無いなと思い、志織は途中で言葉を区切った。けれど独り言を言っていたというのならアドバイスではなくて文句なら飛んできそうなはずなのに、今日までずっと何も言わなかったレノイが不思議で上目で見る。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶