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死神に鎮魂歌を

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 ベッドの脇においてある簡素な椅子を一人で十分なのに二人で出して、それぞれが持っていた誓約書とリストを志織に渡して笑顔で手を振りながら去っていく。それはあっという間の出来事で後には志織と長老、その二人だけが残った。
「とりあえずは座りなさい」
 手で瑞穂達に用意された椅子を示されて、断る理由も見つからず志織はおずおずとそこに座る。それを見て長老は笑みを深くする。
「驚いただろう。瑞穂も瑞希もちょっと強引なところがあるし。あの二人が魂を分け合ったという話は知っているか?」
「さっき、二人に聞きました」
「そうか。あの二人は二人で一人だが、やはり一つの身体に半分の魂だとどうしても欠けたところが色々出てくる。こんな風に自分達の考えだけで行動しやすいとかな。悪い子達ではないんだかな。だからここに来たとしても何も話さなくても構わない、きっと無理やり連れてこられたんだろうし初対面の相手に悩みを話すもなにもないだろう。それでも何となく何に悩んでいるかは予想つくがな」
「分かる、んですか?」
「なりたての元人間の死神。そろそろ人生を味わう感覚に疲れてきたんだろう」
「そ、れはそうですけど……」
 全てを見通されているような気までしてくる悟ったような笑顔と細く深い長老の目。けれどそれが嫌な感じはせずに近くにいてようやく見える細い茶色の瞳を志織も見つめ返す。
 すると不意に頭を撫でられた。幼子にするようにゆっくりと志織の頭を撫でていく。
「たくさんの元人間の死神の話も聞いてきた。皆、誰も彼も優しいいい子だ。だからこそ共感してしまい今の君のように疲れてしまう。そんな死神はいないがおそらく真の悪人が死神となったらその感覚はきっとない。共感する事もなく魂を切るだろうから、誇っていい。辛いかもしれないがそれが君の優しさの証拠なのだから」
「はい……」
 冷たくもないけれど暖かくもない手はそれでも言葉と同じくらいとても優しかった。その手の感触に志織は胸に蟠っていたモノが少しずつ解けていくような気がした。
「けれど君はどうして死神になってそれを続けているんだ? 何の理由もなしに辛い事は続けていられないだろう」
 おそらくはここには噂話の類はそう簡単に届かないのだろう。瑞穂と瑞希が曲解はされていたが知っていた志織の死神になった理由を、ようやく頭から手を離して長老が尋ねる。
「私、最近死んだんです。病気で長く生きられないって言われて実際その通りになってしまって」
 その手が離れていくのを寂しいと思いながら志織は答え始めていた。目の前のこの長老だったら志織が迷っている事に答えてくれるかもしれないとどこかで思い始めていたから。
「誰にも迷惑しかかけてなくて私もずっと病気で苦しんできて最終的には死んでしまって。私が生まれて存在した理由を自分の手で見つけたかったんです。迷惑をかけて苦しむために生まれたなんて思いたくなかったんです」
「存在理由を見つけたかったのか」
「はい。それと私が死んだ時、迎えに来てくれた死神がすごく優しくて強くて、その人も元人間の死神だから私が死神になる事でその人にかかる負担を少しでも減らしたいって思うようになったんです。……今のトコロ、足を引っ張ってばっかりなんですけど」
「それは見つけた事にならないかな」
「そう、なのかもしれません。でも私が死神になるにはこの誓約書を死神長に出さなきゃいけないんです。これ、何が書いてあるかご存知ですか?」
「ああ、耐え切れなくなったら自分を殺害していい。そして殺害した者には罪はないという誓約書だね」
「これを提出すれば、同じ仲間を殺したくないって言ってた死神長にまた一人、私の分まで重荷を背負わせる事になりそうで」
「それでは天国へ逝くかい? 自分の願いよりも理人の事を優先して」
 長老の問いかけに志織は顔を顰めた。結局は長老の言った言葉通りの現実しかないから。
 志織が死神として生きる事を選択すれば、気に病んでいる理人への誓約書の提出は絶対に免れない。けれどもう片方を優先すればそれは即ち今度こそ本当に志織自身の死を意味する。どちらも上手く解決出来る術などないのだと長老の言葉はそれをまっすぐに伝える。
「君は人間の時、上手く生きられなかったから分からなかったのかもしれないけど、生きるにはきっとそうゆう事もある。特に元人間の死神と話していると本当にそう思う」
 長老のその言葉は志織の中に染み渡るように入ってくる。
 俯くと黒く華やかなゴスロリの服の上で自分の白い手が強く握りしめられているのを志織は視線に捉えた。
「余計悩ませてしまったかな。けれど儂がそうは言っても理人は強いから実際に殺すのならともかく誓約書を出したくらいでは気に病まないとは思うがな」
「そう、ですよね……」
 気弱く呟くとまた長老に頭を撫でられた。今度は強く、灰の髪を乱される。
「頑張りなさい。あの二人にはえらい褒められていたが儂はただ話を聞くだけで的確な助言など出来はしない。きっと誰だってそうだ。だから自分で考えて悩んで、そうやって歩いていきなさい。疲れて止まりたい時には話を聞くしか出来ないが儂でよければいつでもそんな場所になろう」
「あ、りがとうございます……」
「何。老体にはもうこんな風な事しか出来ないからな」
 慰められている志織と微笑んでいる長老。その両者が作る穏やかな空気が病室の中を満たした時、今まで静かだった廊下にバタバタとそんな空気に似つかわしくない騒がしい足音が響く。
「「志織ぃ!」」
 ドアもそんな音と同じ勢いで開けたのは瑞穂と瑞希。やはり同じタイミングで息を切らせて病室の入り口から顔を覗かせていた。
「ど、どうしたんですか?」
「「アイツが……、レノイが志織の事探してるんだよ! 早く逃げなきゃ!」」
「え、逃げ? どうして?」
「「だってアイツも……!」」
「瑞希、瑞穂。ちょっとこっちにおいで。志織、君は呼ばれているんだろう? 早く行ってあげなさい」
 二人が言いかけた何かを続ける事すら許さない凛とした長老の声が二人を呼び、そして手招きをする。その声の響きに内包されるモノに気付いた二人は同時に言葉を飲み込むと大人しく病室に入ってくる。
「あ、そういえばもうそろそろ時間……」
 一方の志織はレノイに呼ばれるような事があったのを思い出す。そろそろ魂の回収の準備をしなければいけない時間が迫ってきている事を思い出して椅子から立ち上がる。それをいちいち心配げに見守る二人の視線に安心させるように笑いかけた。
「聞いてくれてありがとうございました。瑞穂さんに瑞希さんも」
 そして病室の出入り口で深々と頭を下げると出て行こうとした、が。
「「もー! 志織ってば『さん』付けとかいらないよー! 仲良くしたいんだから気軽に名前だけで呼んで!」」
 見事なシンクロで引き止められる。
「え、でも……」
「「あと敬語もいらないから! ね、名前だけで呼んで!」」
 病院という環境の中で医師や看護師等年上ばかりに囲まれてなおかつ個室だった志織には敬語の癖が抜けない。ましてや魂の欠落から生じるモノかもしれないが、こうも押しの強い存在と接する機会がなかった為、期待する二対の瞳に志織は戸惑う。
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶