死神に鎮魂歌を
「「そうだよ。でも志織は優しいからいっぱい悩んで苦しんでるんだよね、よし、分かった! あたし達が志織を素敵なところに連れて行ってあげる!」」
「え?」
質問する間もなく二人は立ち上がったかと思うと座っている間も繋いでいた互いの手を離して、瑞穂がそのまま志織の右側に瑞希が左側に移動するとそれぞれ志織の二の腕を両腕で抱きしめると顔を志織と同じ高さにまで下げて笑顔で言う。
「「行こ、志織!」」
両側から同じ音が聞こえたかと思ったら両方から引っ張られて志織は椅子から立ち上がる。
「「あ、この紙持っていかなきゃね。置きっ放しにして失くしたら大変だもん」」
そうして瑞穂がリストを、瑞希が誓約書を全く同じ動作で拾い上げる。志織を中心にして完全なる左右対称な二人の行動。
「「それじゃあ行こうか、志織!」」
書類を持ってない手はそれぞれ志織の手と繋いで三人で休憩室とも呼べるこの一角を出ていく。志織を引っ張る二人の足はそれでもゆっくりであまり引っ張られている感覚はなかった。けれど同じ速度の二人の歩みに今まで疑問に思っていた事が志織の中で限界点を突破する。
「あの、一つ訊いていいですか?」
「「一つと言わずいくらでも訊いてよ。あたし達は志織と仲良くしたいんだもん。でも訊きたいことってひょっとしてあたし達の喋ってる言葉やタイミングが同じとか、やってることが同じ理由?」」
二人の分かりきった顔で両サイドから見つめられながら、志織が訊こうと思っていた事そのものを言い当てられる。
「どうして」
「「どうして分かったのかって? だって少しでもあたし達と喋ったことのある人は必ずそう訊くもん。志織は逆に訊くのが遅かったくらい。いつになったら言うのかなって思ったからあたし達からは何も言わなかったんだ」」
歩きながら微笑まれる。
「「あのね精神体は魂を生み出すことが出来ないって聞いたことある?」」
二人からの同時の問いかけに志織は頷いて肯定した。
「「だから精神体は天国や地獄に逝って生まれ変わって前生きてた記憶のないまっさらな魂を、お母さんのお腹の中にいるときにもらうの。一人一つずつ。でもあたし達は魂をもらってから双子だって分かったの。あたし達のそれぞれに半分ずつ分かれた魂が入っちゃって、半分でも魂が入っちゃったらもう他の魂は受け入れられなくなるの。あたし達の目、片方赤いでしょ? 精神体での赤い目はその身体には魂が入ってないって証拠なの」」
「魂を分け合ったからそうゆう風になったって事ですか?」
「「うん。お互いの考えてることが分かるのかって訊いてきた人もいるけど、考えてることは全然分かんないよ、考える脳がある精神体は別だもん。あたしが自分一人でやろうと決めたことや言おうとした言葉を打ち合わせとか何もないのに全部同じにやる子が隣にいるっていう感じかな」」
「困ったりとか、しないんですか?」
「「全然。魂を半分ずつにしてるからかあんまり離れたりは出来ないけどそこまで離れる必要ないし、あたし達は二人で一人だから二人でだけどちゃんと死神の仕事も出来るしね。でもまだ始めてから十年しか経ってないから、日本支部のちゃんとした死神の中じゃ一番新人なんだけど」」
居住区を歩きながら二人の説明を聞いて、いつの間にか志織は今まで来た事のない地区へと入る。志織が親しんできた志織やレノイがいる居住区は、その時間に魂の回収がない死神が少ないなりにも行き交い決して静かな空間ではなかった。それが今志織達がいる居住区は行き交いする者の姿はなく静謐な空気が流れていた。そうして志織はこの空気に覚えがあった。
志織が十六年間生きてきた病院の、見舞い客などがいない夜の空気。
昼も夜もなく同じ明るさに保たれているこの世界では夜の部分は当てはまらなかったが、似ている空気に病魔に冒された無念の十六年を呼び起こさせそうになり志織は思わず足を止めた。
「「志織?」」
「どこへ、連れてくんですか……?」
訊ねる声は、志織にしか分からない程度に震えていた。病院は未だに死を覚悟し続けていた場所であると記憶に刻まれている志織にしか。
「「もうすぐ着くよ。あの部屋にね素敵な人がいるの!」」
二人が同時に指した数歩先、そこに白一色の引き戸型のドアがあった。
魂は半分しかなくても身体はそれぞれ一体ずつある瑞穂と瑞希。志織の心中を知らない二人はその二人分の力で志織を引いていく。
そうして着いたドアの前、二人は二重にノックする。
「「失礼しまーす」」
「あぁ、その二人の声は瑞希に瑞穂かい?」
ノックした次の瞬間には躊躇いもせずにそのドアを横にスライドさせて、それと同時に低くけれど柔らかい声が志織の鼓膜を震わせる。
部屋の中は志織の廊下での印象そのままに病室だった。ただし点滴やナースコールに代表されるような医療器具の類は一切なく大きく白いベッドが一床置かれてありそこに老人が一人、上半身を起こして志織たちを笑顔で歓迎している。その向こう側には大きな窓があり、志織達の居住区にもあるような浮遊している植物がいくつも漂っていた。
「「長老、お久しぶりです。身体の調子はどうですか?」」
「ああ、わりあい今日はいいよ。ところで今日は可愛らしいお嬢さんを連れてきてくれたんだね」
長老と呼ばれたその老人は手に持っていた本を一旦閉じると今度は志織にだけに視線を向けた。深く刻まれたその皺は笑い皺なのかと思うくらいの笑顔を見せてくれる。
「「長老も聞いたことないですか? 最近、天国逝きなのに死神になってくれた優しい女の子がいるって」」
「その話は少し前に聞いたかな。ひょっとしてお嬢さんはその話の子かい?」
「「そうなの、長老。この子がその話の子! 志織っていうんですよ! 志織、この人は長老って呼ばれていてこの日本支部で一番長く死神をしてるんだよ」」
「ただ他の者よりちょっと長く生きてるだけだ。それにもう身体が上手く動かなくて死神業はしておらんしな」
「「そんな事ないですよ、長老は三千年以上も死神を続けてきたじゃないですか。それに今だって色んな死神の話を聞いてずっと相談に乗ってくれて。あの、志織以外の元人間の死神の話ですら」」
「止めなさい。その話は儂の前では言わない約束だったはずだ。で二人は今日はどうかしたのかい? その志織を儂に紹介しに来てくれたんかい?」
「「そう、長老に志織の話を聞いてもらいたくて来たんです。それにやっぱり志織に長老と会わせてあげたかったっていうのもあるんですけど」」
「随分と光栄な言葉だね。ふむ……」
長老はそう言ってベッドに駆け寄っている二人を見た後、まだ入口のトコロで立ち尽くしている志織に目を向けると少しの間無表情で志織を見る。
「確かに悩みのある顔をしているな。まぁこっちに来て座りなさい。それから二人は出て行く」
「「えー、どうしてですか、長老」」
「儂は人の話を聞くときは一対一が一番いいと思っているんだ。しばらく二人だけにさせてくれまいか?」
「「長老がそう言うなら……、じゃあしばらく経ったら迎えに来るね、志織」」