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死神に鎮魂歌を

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第三章 無知の報いに苦痛を



「佐伯孝介、七十八歳。死因、車との接触による交通事故死、かぁ」
 居住区にある一角。飲み物等がお金の必要がない自動販売機のように何十種類もあってそこに何十脚も背もたれ付きの椅子とテーブルが置かれてあるスペースに志織はいた。
 その手には一枚の紙が摘まれていて、それを見ながら志織は小さく呟く。それを聞く者はいない。椅子やテーブルの数に対してこの場所にいる死神はあまりにも少なくて、まばらにいる他の死神は志織とは離れて各々好きに行動していたから。
 それをいい事に志織は背もたれに寄り掛かると、今日もらった迎えに行く魂のリストをテーブルに置くと、代わりにテーブルの上に置いてあった紙を掲げて透かしてみたり振ってみたり逆さにしてみたりと、周りに誰かいたら奇異の視線で見られそうな行動を繰り返した。
 その問題の紙は下部に志織のフルネームが書かれた『自分で自己判断出来ないような状況になったら殺害してもいいです』という誓約書。
 それが更に頭を重くしてそのまま志織はテーブルに頭を乗せる。
 志織は、ほんの少しだけ迷っていた。
 死神になって自分の存在理由を探したいのもレノイの手助けをしたいのも本当の気持ちだが、どこかに志織を辞めさせようとした理人への対抗心もあった。けれどそうした理由が分かった今は目の前の誓約書を出せば、理人が嫌がった仲間の死神をいつか殺させるかもしれないという重責を更に負わせることになる。そして人の一生を一瞬で味わい続ける苦痛を一週間で計六回味わってきて志織の心は少し弱りかけていた。
 頭を起こしてもう一度、今度は誓約書をちゃんとテーブルに置いて弱りかけた心そのままの表情で穴が空きそうなほど見ているとさっきと違いどこからか小さく笑い声が聞こえてきた。
 周りを見てみると志織と外見は同じ頃の少女が二人、明らかに志織を見て笑っていた。それを見て志織は頬が熱くなる。
 それをみて少女達はまだ笑いを響かせながら志織の方へと歩いてくる。
 二人の少女は志織から見て右側の少女が真っ白いロリータ服。左側の少女が真っ黒いロリータ服と対の服を身に纏っていた。二人は顔の造形も身長も体型も金色のウェーブがかかった髪の長ささえも外見は完全に一致していた。ただ一つ、瞳の色を除いて。右側の少女の左目が深い緑で右目が深紅。左側の少女の左目が深紅で右目が深い緑と同じ色だが左右対称のオッドアイ。
 その二対の色違いの瞳が志織を捉えた。
「「あなたが志織?」」
「え?」
 二重に同じ言葉が聞こえて一瞬志織は、名前を言い当てられた事よりもそちらに呆けた。
「「志織だよね? 天国に逝けるのに死神になってくれた優しい女の子」」
 聞き間違いではなく確かに二人の少女は同時に唇を動かし同時に言葉を紡いで、そして同じ音で志織に訊ねてきた。
「そう、だけど、二人は……」
「あたしは瑞穂」「この子は瑞穂」
 右側の白い少女が名乗る。と同時に黒い少女が傍らの少女を紹介する。
「あたしは瑞希」「この子は瑞希」
 左側の黒い少女が名乗る。そしてやはり同時に白い少女が傍らの少女を紹介する。
「「ヨロシクね、志織!」」
 そうまた二重になって瑞穂が左手を、瑞希が右手を差し出す。見るともう一方の手は二人で繋いでいて同時に差し出された握手を求める手につい志織は両方の手を差し出していた。
 それを二人とも志織の手の甲を握って無理やり握手すると嬉しそうに破顔する。その笑顔も寸分の狂いもなく同一で、握手される手も同じ強さで握られ同じ風に振られ同じタイミングで離され、まるで機械のような正確さに志織の背筋を冷たいものが走った。
「「ねぇ、お話しよ! あたし達、志織の噂聞いた時からずっと志織とお話したかったの!」」
「私の噂って、私の話がされてるんですか?」
「「うん! あたし達死神は数が少ないから新しく入ってきた死神はしばらくは話題になるよ。しかも志織は話題性が高いし! あ、ここ座っていい?」」
 テーブルを挟んで反対側にある二脚の椅子に瑞穂と瑞希は同時に座る。訊いた志織の返事を待たないのも同じだった。
「話題性高い、んですか?」
「「そうだよ。人手が足りないから手助けをするために死神になってくれた優しーい天国逝きの女の子だって」」
 レノイにかかる負担を少しでも減らしたいと言った死神を続ける理由の半分。その内容が随分高尚な理由になって広まっていたらしい。けれど広く考えればそうかもしれないという事で自分を落ち着かせて、見られた事ないくらい強い二対の尊敬の眼差しから何とか志織は平静を保とうとした。
「「あ、これ誓約書だよね。理人さんに出しに行かなくていいの?」」
「こ、れはちょっと……」
 置きっ放しの誓約書に今志織と握手を交わした二人の手で触れて、さっきまで悩んでいた事がまた志織の表情を曇らせる。
「「どうしたの志織。何か困ったことあったの? あ、分かった! あのレノイに酷いことされたんでしょ!」」
「レノイに? ない、そんな事ないですよ!」
「「本当に?」」
 二対の瞳が同量の疑わしさで志織を見つめてくる。見られながらきっとあの酷い二重人格の所為でこんなに疑わしく思われているだろうから、今日会った時もう一度何か言ってみようかと志織は考える。
「「そう言うなら信じるけど、でも本当に酷いことされたら遠慮しないであたし達に言ってね!」」
「は、はい……」
 二人同時に言われると勢いがあって思わず志織は頷いていた。
「「でもそうじゃなかったどうしたの? あたし達でよかったら話聞くよ?」」
 恐怖を抱かせるほど奇妙な二人の少女だったが、志織に会えて嬉しかったのもあの尊敬の目もそして今の同じ心配そうな表情もおそらくは本物でそれが志織の中の恐怖感を少しずつ薄めていく。
「二人は、名前だけだから最初から死神なんですよね?」
「「もちろん!」」
 この一週間で知った事の一つに最初からの死神には名前だけしかなく元人間の死神はファミリーネームまで名乗って区別している事。けれど区別はされていても待遇などには関係ない事。
「それじゃあ二人は魂を切った時のあの感覚は知らないんですよね?」
「「知ってるけど辛くはないよ。あたし達は生まれた時から死神だもん。ひょっとして志織、それが辛くなったの? 嫌になっちゃったの? 死神辞めたくなっちゃった?」」
「辞めたくはならないです。けど……」
 表情をくるくる変えて志織にフレンドリーに接する瑞穂と瑞希にいつの間にか全てを話していた。
 これからまた魂を迎えに行く事。その前にあった六回分の人生を味わう感覚に少し疲れた事。それが長く続くと狂うかもしれない死神を理人に殺させる責務を誓約書を出したら一人分増やしてしまう事。思いつく限り全ての事を志織は目の前の二人に話していた。
 最初志織に話しかけてきた時の賑やかさとは打って変わって瑞穂と瑞希は一言も喋らず、ただじっと真剣な顔で志織の話を聞いている。そうして話が終わった後、すぐにニコリと明るく笑った。
「「やっぱり志織は優しいね。元人間の死神が誓約書を書かなきゃいけないのは知ってたけどきっと誰も理人さんのことまで考えてないよ。きっと志織だけだよ」」
「そう、かな」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶