死神に鎮魂歌を
そうしてまたいつもの笑顔に戻ると理人は持っていたジオラマを線路の上に置いて志織たちに背中を向けた。
「だから、キミが天国に逝ってくれるようちょっと苛めちゃったけどそれはゴメンね。じゃあレノイ、志織連れてもう行っていいよ。志織専用の部屋は出来るだけ早く用意しておくから今日一日まだ一緒で我慢して」
それから顔だけを二人に向けてそれだけ言うとまた線路に視線を戻した。
「分かりました」
「え、あ」
そう言って頭を下げたレノイは、体力を削られた志織をまた肩に担ぎ上げると早々に部屋を出て行った。業務区である理人の部屋から居住区に移る階段を下りる間に不意にレノイが口を開く。
「名前だけで呼んだな。お前の事」
「え?」
「死神長が。疑問だったんだ、ずっとお前の事をフルネームで呼んでいただろう。けどさっきは名前だけで呼んでいた。認めたんだろう、お前も死神の一員だって」
そういえば、と志織は最後の理人の言葉を思い出す。それと同時に浮かんだのは哀痛に満ちながらもそれでも笑顔だった理人の表情。
「……レノイさんも、書いたんですか? 誓約書……」
「ああ。元人間の死神は全員そうするように義務付けられている。俺より前に死神になった奴で日本支部の死神じゃないんだけど『自分は絶対大丈夫』と言って書かなかった奴がいたらしい。かなり初期の頃の話だから生粋の死神も、元人間の死神が味わう感覚がそんなに酷いものじゃないと思って油断したらしい。けどそいつはおかしくなった。今もそいつは狂ったまま出る事が不可能な何処かに閉じ込められて寿命が来るのを待ってるって話だ」
その情景を思わず思い浮かべてしまった志織はすぐに背筋に寒気が走って、想像した事を後悔した。殺されるよりもそっちの方が絶対に辛いという結論に至った時。
「あと俺の事も、名前だけでいい」
「え?」
別の考え事をしていたため、一瞬志織はレノイがなんて言ったか分からなかった。
「さん付けなんて丁寧な呼び方しなくていい。名前だけでいい」
「でも……」
今の志織にとってレノイは、少しでも力になりたい存在でありこんな風に強くなりたいという目標のような存在であるからそんな対等な呼び名は出来ないと言おうとした時。
「さっきの言葉は純粋に嬉しかったから、それを言った奴に他人行儀で呼ばれたくないし丁寧に話しかけられたくない。まぁ今は助けになるどころか足引っ張ってる気がするけどな」
「う……。早く、力になれるように、頑張ります……」
「頑張る、だ」
本当に最後の一言さえなければと志織が思いながら言った言葉にすぐさまレノイの訂正が入る。
「頑張る……。レノイ……」
「何だ」
「……気持ち悪い……」
「部屋戻るまでは吐くなよ」
理人から感じた威圧感から解放された反動が今頃きたのか少しずつ無くなってきた吐き気が甦ってきた志織にレノイはきっぱりと言い放つ。
その時着いた居住区。部屋まで我慢できるかは不安でいっぱいだったが、ようやく本当にここで死神として生きる事が許されて志織の胸の奥はほんの少し暖かかった。