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死神に鎮魂歌を

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 壁が見えていないかのように当たり前のように、志織が入院していた病院とは違う病院の壁へと消えていくレノイ。魂だけの状態の時に一回経験しているとはいえ、まだ壁は通り抜けられるものではないという十六年間で培ってきた常識が壊せていない志織は恐々と目の前の病院と外の境界線である目の前の壁に手を伸ばしてみた。
 その手が何の感触もなく壁の中に消えていくのを確認してから、志織は目を瞑って一気に身体全てを通した。
 先には既にレノイがいて、志織が躊躇っている時間の内に被ったのか最初に見た黒いフードを頭にかぶった状態で志織の方に目を向けていた。その瞳自体はフードに隠れて志織には見えなかったが。
 そして中では悲劇が演じられていた。
 家族や親戚が多いのか、志織の死を看取った家族三人の何倍かの人が病室の中央のベッドに集まっていた。バラバラな、けれど同じ悲しみに彩られた表情をする人たちと、中央で眠る人。事務的な医師。
 けれど志織たちにはその場の人間には決して見えないモノが見えていた。
 中央に眠る人からまさに上半身だけ生えているかのような、下半身は肉体と同化している老婆の半透明の魂。
 老婆の魂は志織たちに気付かず、周りで悲しむ人たちを見回している。
「いいか。床にその大鎌の柄で突け。そうしたら魂は俺たちに気付く。それから魂を引っ張り出してやれ。俺たち死神が魂に触れて外からも力を加えれば抜け出るから。それから鎌で繋がりを切るんだ。とりあえず最初なんだからそれまでやる事を考えろ」
「失敗、とかは……?」
「逆にそれで失敗とかどうやってやるんだ。大鎌だって扱えない重さじゃないだろう?」
「そうなんですよね。コレ、一体何で出来ているんですか?」
 志織の身の丈よりもほんの少しだけ短い大鎌はその視覚的な大きさからは考えられないほど、というかほとんど重さを感じなかった。レノイに示すように志織は数時間前に椿から与えられた自分サイズの大鎌を持っていた片手で何度も上げ下げする。
「精神構成体だ」
「……そうですね。それしかないですよね」
 単純明快なレノイの言葉に志織はもう何も言う気を無くして、代わりに柄で突けと言われた床を注視してみた。
 病院の白い床のほんの数ミリ上、重なるように階段と同じくらいの透明なもう一つの床が志織には見えた。自分の足元を見てみると、病院の床ではなく自分達がその透明な床の上に立っていたのが分かった。
「突け、ってこの透明な床の方ですか?」
「よくあるのに気付いたな。そう、この俺たち精神体の為にある床を力がある死神の鎌で突く事によって床が広がっている場所にいる魂は俺たちに気付く。人間は魂の外側を肉体で囲まれているから俺たちに気付く事はほとんどないがな」
「気付く人もいるって事ですか?」
「それがこの世界では一般的に霊能者とか呼ばれている人間だ。まぁほとんどそんな事はないから安心しろ。いいからさっさとやれ。お前が失敗しないように俺がついてるんだし、お前は自分のやりたいようにやれ」
 レノイの言葉を聞いて志織は一回深呼吸をする。
 魂に携わる、初めての仕事。
 それは死を伴う事だから練習はどうしても出来ないからと椿に言われぶっつけ本番で挑むしかなかった志織だが、レノイのその言葉を信じて両手で柄を持ちその先端で強く透明な床を突いた。
 瞬間、床と柄の先端が接触した部分が淡く発光し同時にテレビで見た鹿威しのような強く澄んだ音が響く。そうしておそらく老婆には二人が急に現れたように見えたのだろう、驚いた表情をして周りの人たちを見ていたその目が、すぐに二人の方に向いた。
「成瀬、淑子さんですか?」
 この数時間の内に何度も見たファイルに書かれてあった名前。完璧に覚えたその名前を告げて志織は少し離れた魂を見る。
「あらあら随分可愛いお迎えが来たのねぇ」
 老婆は突然の出現者に一瞬呆けた顔をしたが、すぐに全て理解したような顔で笑って顔の皺を更に深くする。逆にそれで虚を突かれたのは志織の方だった。
「わ、かる、んですか? 私達の事」
「そりゃあもう。ボケてるつもりはありませんからね。もう十分生きさせていただきました。孫のお腹にいるひ孫を見れないのが残念だけど、貴女のような可愛いお迎えが来てくれたのならもう悔いはないわ」
 あっさりした老婆の言葉に拍子抜けした志織だが、最初だからあまり難しくない件を回してくれたのかもしれないと自分の中で納得して志織は、ファイルをレノイに預けてから老婆がいるベッドに近付いた。
「お考えの通り、私は貴女を迎えに来た者で高槻志織といいます。お手をどうぞ、成瀬淑子さん」
 自分を迎えに来てくれた時のレノイの態度を思い出して、なるべく丁寧さを心がけて志織は老婆の方へと鎌を持っていない左手を差し出した。後ろではファイルを持ったレノイが何も言わずに志織へと向けている視線が感じられて、見られている事に対する緊張から無駄な力が身体に入りそうになる。
「はいはい」
 そんな心情を知らずに老婆は志織の手を取った。生きていた間の思い出一つ一つが刻まれたかのように皺の多いその半透明の手を取っても、皺の感触どころか暖かさも冷たさも感じられなかった。コレが魂の感触なのかと思うと同時に、その手を離すまいと強く握る。
 そしてまたレノイが自分にしてくれた事になぞらえて引っ張るというよりはその握った手を斜め上に上げるような感じで、志織は老婆の手を引いた。大した力も入れていないのに、老婆は肉体と同化していた部分の魂も綺麗に抜け、志織の頭の上を漂う。
 肉体と魂を繋いでいる糸は老婆から頭を下に下げた志織の視界の真ん中にあり、記憶にある志織自身のモノより太く見えた。
「それじゃあ、今から淑子さんの身体と魂を繋いでいる糸を切らせていただきますね。身体と繋がったままだと魂が消滅してしまいますので。痛みはほとんどないから安心して下さい」
「はいはい、よろしくお願いしますね」
 笑顔に押されて志織は片手で持っていた大鎌を両手に持ち直して、ゆっくりと振り上げる。背後でレノイが志織の方へと足音をい立てずに歩いてきたのを、だから志織は知らない。
「いきますっ!」
 大鎌を一気に振り下ろして老婆の肉体と魂の繋がりを切断した。まさにその刹那、
 痛いほどの極彩色に染まった世界が、志織の意識に襲い掛かってきた。
 希望。絶望。喜び。悲哀。憤怒。友情。幸福。憎悪。愛情。嫉妬。不安。尊敬。驚愕。不満。敵対。劣等。優越。欲求。苦痛。悦楽。後悔。憧憬。落涙。期待。嫌悪。焦燥。無念。笑顔。
 人生で味わうありとあらゆる感情と思い出の映像が一瞬で志織の頭の中に流れ込んできて、あるはずのない痛みを伴っておそろしいほどの量の情報が脳髄に叩き込まれる。
 超高速で早回しされている人の一生を無理やり見させられ聞かせられ嗅がされて体験させられている。
 志織自身をどこか遠くで見ている志織の頭の一部がそう思った時には、後ろにいたレノイに首根っこを掴まれて病室の外に放り投げられていた時だった。
「う、ぐっ……!」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶