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死神に鎮魂歌を

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 死者は人間の場合のみ、大抵は肉体から半分しか魂が抜け出てこずそれを全部引き出してやって魂と肉体の繋がりを切る事。そして死神の世界に案内してやり、死神長である理人の前にまで連れていく事。
 コレが今さっきレノイから言われた今日の志織の果たすべき役割だった。
「理人さんのトコロに連れて行った後はどうすればいいんですか?」
「余計な事は考えなくていいから、それだけやればいいんだ。どうせそこまで出来るはずがないんだし」
「確かに私は初心者、っていうか未熟者ですけど何もそんな風に言わなくても……」
 最後の方は小さく窄まるような声量になっていき最後の方は隣に立つレノイに聞こえたのかどうかも分からない位小さいものになる。志織用の精神体が完成するまでの数日間、一緒にいてイヤというほど理人の言った『レノイは二重人格』という事を実感していた志織はそうゆう文句をつけてもレノイに聞いてもらえる筈がないと痛感するくらいにはなっていたから。
「志織」
「はい?」
「ファイルを寄越せ。お前が今日貰った魂の情報が書かれてあるファイルだ」
 痛感している志織にそんな事を思われているとは露知らずのレノイはそう言って片手を差し出した。どうしてそんな事言われるのか分からなくてもとりあえず黒いファイルケースに入れてある紙を志織はレノイに手渡した。
 二人は業務区特有の白い回廊と白い扉が続くその扉の一つ、その前に立っていて、レノイは志織から受け取ったファイルを両開きの扉の中央に押し付け始めた。そうして次の瞬間にはまるで扉が粘性のある液体で出来たものであるかのようにファイルが小さな波紋を生み出して扉の中へと沈んでいく。その初めて見る光景にいい加減今までの生ではあり得なかった現象に慣れ始めた志織でもまた驚く。
 それと同時に魂だけの状態だった時の志織には見えなかったが、今は何人もの黒い装束や志織と同じような服を着た死神が同じように扉の前に立っては似たような事をして当たり前のように扉を開けて外へと出て行くのが見えて、一人で驚いている自分が情けなくなってきて志織はその業務区でひっそりと肩を落とす。
 そんな事をしている内にファイルは完全に扉の中に沈んで、もう波紋も何もない元の扉に戻る。
「何をしたんですか?」
 必要ありそうな質問にはきちんとレノイは答えてくれる。
 それも痛感していた志織は今度は最初から最後まで同じ声量で隣のレノイに訊ねた。
「情報が書かれてあるファイルを通すと、その通された扉はファイルに書かれてある魂の近くに出口を作る。こんな風に」
 その扉をレノイが開けた。
 外は、志織がここに来る前に通ったのと同じような星空が瞬く夜空が広がっていた。
 違うのは足元。最初の時は何もなかった空に、透明の板が階段状に下に伸びていて少し遠くに病院が見えた。
「この扉はどこにも繋がっていなくて、だからこそ何処にでも繋がれる。次にファイルを通したらその通したファイルに書かれてある魂の近くに出口が変わるって事だ」
 それだけをさっさと言うとレノイが透明な板、階段状の一段へと足を下ろした。そのままスタスタと普通に階段を降りていく。
「待って下さい!」
 高所恐怖症でなくても少し恐怖を感じるくらいには高い夜空に足を下ろすのを躊躇っていた志織だったが、レノイに置いていかれそうになり慌てて最初の一段に足をかける。
「ファイル、扉に張り付いているから両方とも閉めたら忘れずに持ってこい」
 そうして足を下ろした時、数段先にいたレノイが止まり志織を振り返ってそう言った。
 後ろ手で片側の扉を閉めた志織が振り返ると、どうゆう原理なのか出たこちら側からでは扉は透明で夜空がそのまま模様になって、まだ掴んでいたドアノブと扉の大きさに入っている空気の切れ目とまだ空いていて中が見えるもう一方の扉がなければ扉があるとは分かりそうにもなかった。
 その空いていたもう一方の扉も閉めると、ドアノブの上、ちょうど透明な階段の一段目に足をかけている志織の目の高さと同じ位置で扉の中央。そこに白い紙が出現した。
 扉に接着剤でも使っているかのようにぴったりと張り付いているその紙は、けれど志織がそっとはがすようにしただけであっさりと扉から離れ、裏面に今日志織が迎えに行く魂の情報をどこにも欠けなく見せてくれた。
 その紙をファイルケースに再度挟むと、まだ止まっているレノイのトコロにまで駆け寄った。
 志織が自分の近くに来たのと同時にレノイは歩みを開始する。
「ひょっとして待っててくれました?」
「……お前の仕事を見てるのが今回の俺の役割だからな。お前がいなきゃ話にならないだろう。お陰で俺の仕事が倍以上増えた」
「本当にそうゆう言い方しない方がいいですよ」
「何か言ったか?」
「最近私がずっと言ってる事です」
「知ってる。聞こえていたからな」
「だったら聞き返さなくても……」
 そして志織がレノイと一緒にいる間に痛感した事がもう一つある。
 言い方や態度は、確かに死者に対してのソレと比べるまでもなく悪いが根底は同じように優しい部分がある。
 今降りている階段も迷う事が出来なく目的地に真っ直ぐ伸びているから案内する必要は全く無いのに、それでもレノイは志織の歩調に合わせて志織の一段先を常に歩いている。
 段差の関係でいつもだったら見上げるトコロにあるレノイの頭を目の前に見ながら、ふとそんなレノイの態度が志織の心の端にひっかかる。
「どうしてレノイさんってそうなんですか?」
「何?」
「いや、そんな周りから『二重人格』とまで呼ばれるくらいに、どうしてそんなに迎えに行く魂に接する時とそんなに態度違うのかな、って……」
「関係ないだろう、お前には。大体態度の違いに理由なんて必要か?」
 そう訊かれると次の言葉が志織には思い浮かばない。そして思い浮かばないうちに志織に合わせてくれていたレノイの歩調が急に速くなり、レノイだけ見ていたら歩いているように見える速度に今度は志織が小走りになって合わせていかなければならなくなった。
「コレ、足踏み外して落ちたらどうなるんですか?」
 今の自分だったらあり得ない話じゃないかもしれない。
 急に変わった速度に、気に障る事を言ってしまったのかと内心ビクビクしながらそれでもそれを勘付かれたら余計に気に障るかもしれないと、努めて普通に志織は口に出す。
「それは無い。左右を見てみろ」
 精神体と呼び名が変わっても生きているこの身体。速くなった歩調に少しだけ息を切らしながら志織は速度を落とさない程度に左右を見てみるが、何かあるようには見えない。首を捻りながら今度は左だけ見ていると次第に薄っすらと何かが見えてきた。
「あ、壁」
 階段状になっている透明な板の両端から更に透明度が高くなった二メートルほどの壁があった。試しに端に寄って触れてみると硬質な手触りだが冷たさも暖かさもない不思議な感触が志織の掌から伝わってきた。
 確かにコレだと足を踏み外しても空に落ちる事はないと、志織がまだ壁に手を触れながらそんな結論に至っている間にレノイは先に進んでいて急いでその後を追いかける羽目になった。
 走って追いかけた先、そこはもう目的地である病院の壁の前だった。
「入るぞ」
作品名:死神に鎮魂歌を 作家名:端月沙耶