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漆黒のヴァルキュリア

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第一章 戦乙女とお供のカラス 7



 私立淘徹学園小等部の受験会場は、異様な空気に包まれていた。
 全国の有力者子弟が参集し、ここでほぼ将来の五割が決まるとされている。無論、ここは最高学府である『頭狂大学』への道のりの、ほんの足がかりに過ぎない。しかし、それでも鉄筋コンクリート並の手堅さを誇る足がかりだ。
 だが、そんな事実も意に介さず、高みからノンキに会場を見下ろしている者がある。
「んん〜、戦場だねぇ、この異様な迫力は間違いないっ!」
 会場となる校舎を見下ろしながら、エナは満足げに腕組みをした。
 取り合えず目標にはこの『戦争』を制してもらい、しかる後に命を落としてもらう。そのための仕掛けは、もう施してある。校舎の、それも目標のいる場所のみを狙った局地魔術で地震を起こし、校舎の下敷きにでもなってもらうワケだ。
「まぁ、確かに戦場なのでしょうけれど……というか、子供達より親の方が、よっぽど戦争ですわ。ああ、あんなに敵愾心を剥き出しにして、隣同士睨み合って……」
 ムニンの視線の先――保護者の待合室では、窓際で談笑している保護者たちがいる。だが、談笑とはいえ、目だけが笑っていない。
「ああ……戦場の罪無き子達よ、恨むなら、両親とこの死神を恨んで下さいましね……」
 エナの傍らで、目標とその周囲の子供達の今後の運命を想い、ムニンは両手――もとい、両の翼を眼前で合わせてみせる。
「ほんっとカワイくないな、お前って……さて、そんじゃ、最前線の様子でも見て――」
 くるか、と言おうとして、エナは不意に身をひねった。
 刹那、
 持っていた円盾にそれを受け、エナの身体が弾かれた。まるで落石に弾かれた礫の様に、エナの身体が虚空に舞う。
「……また会うたねぇ、北欧の死神。……今度は誰を連れてくつもりや?」
 その姿を見て、エナの額に青筋が走った。
「まぁたオマエかよ妙音天女! オレに何か恨みでもあんのかっ?」
 エナの前方には、羽衣を纏い、手には琵琶を持っている飛天がいた。
 切れ長で、一見大人しげな眼差し。
 長く美しい黒髪は頭頂で結い上げられ、金色の宝冠によって飾られている。
 ほっそりとした手足は褐色を宿し、見る者の目に、優美かつ蠱惑的に映っていた。
 妙音天女。伎芸、福徳を司る飛天。
 そんな彼女が琵琶の弦を弾いた瞬間――
「うあっ?」
 今度は、エナの円盾が砕け散った。
「どうや? ウチの音曲、なかなかのもんやろ」
「……それかよ、この間パトカーぶっ飛ばした技……」
 エナの頬に冷や汗が伝う。
 さすがは女神。その技――琵琶の弦より生み出される衝撃波は、実体であるパトカーは元より、アストラル体であるエナにまで影響を及ぼしている。
「そうや。怪我しとうなかったら、はよこの国から――」
 妙音天女が言いかけたその時、既に周囲には黒雲が湧き出ていた。とはいえ、ごく狭い範囲、小学校の周囲にのみだが。
 しかしそれでも、その黒雲からは、時折閃光が走る。
 エナは携えていた湾刀を、鞘ごと眼前に掲げた。朱色の鞘のそれは、日本刀に酷似している。
「……へぇ、あんた、その刀どこで拾うたん? 日本刀やないの。しかも結構な業物やな。その拵見れば分かるわ」
 妙音天女の言葉に、エナは怪訝な表情を浮かべた。
「何言ってんだ? これは元からオレのもんだ。まぁ、他のヴァルキュリアのより、ちょっとは変わった形だけどな!」
 エナの言葉の直後――
 閃光が妙音天女に向けて疾駆した。
 閃光に一拍遅れて、大気を切り裂く大音響が轟く。
「……ふん、ザマ見ろ」
 主神オーディン直々に授けられた、エナが得意とする雷撃魔術だ。あれを食らえば、低級神などひとたまりもない。
 現に、妙音天女の姿はエナの目前から消滅していた。
 だが――
「やるやないの、死神」
 不意に、耳元でそっと囁かれた言葉。
「いっ?」
 その場から跳び退り、エナは身構えた。
 そこには、見まごう事なき妙音天女の姿があった。しかも、その顔には憤怒の相が浮いている。
「たかだか……北欧の死神風情がぁ……ウチの羽衣、焼いてくれるとはねぇ……」
 妙音天女のその言葉に、よく見てみれば、確かに羽衣の先がコゲていた。
「せっかくの……せっかくの、ウチのお気に入りがあああぁぁぁぁっ! ……コレな? コレぇ……先月里帰りした時、マハラジャの直売店で買うたもんなんやでぇっ?」
 女神の意外と小物な一面に唖然としつつ、エナとムニンは顔を見合わせる。
 ――ブランド品? アストラル体でも金出して買うのか? その金は? ……なぁなぁ、どっからツッコんだらいいんだ? ――
 ――そっとしておいてあげた方がいいのでは? ヘタな事を言うと、変にパワーアップするかも知れませんわよ? ――
 エナとムニン、冷や汗を浮かべながら、二人共に妙音天女に視線を送る。と……
「……しぃ……やかましぃわ……絶対ブッ殺したる!」
 撥を高く掲げ、琵琶の弦に向けて、一気に打ち下ろす。
 刹那、背景を歪めて見せるほどの高密度の衝撃波が、四方八方に放射された。
「んなぁ〜っ!? ま、待てまてマテ待てぇ〜っ!!」