漆黒のヴァルキュリア
第一章 戦乙女とお供のカラス 2
初日の出を見るために、一団は国道を行く。『暴走族』という言葉が生まれて久しいが、一団は、正にそれそのものだった。
そんな彼らの後ろから、数台のパトカーが追走している。
その様子を、一人の乙女が高みから観察していた。
切れ長の優しげな眼差しと、緩やかに弧を描く、髪と同じ金色の眉。だが、本来は大人しめに見えるその面差しには、しかし悪戯っぽい表情が載っている。
身を包む半袖の上衣は青く、ロングスカートは純白だ。
腰まである金色の長髪は背中辺りで三つ編みにされ、羽飾りのついた兜と円盾、そして胸当てで武装している。
彼女こそが件の戦乙女――漆黒のヴァルキュリア『エナ』だった。
本来、ヴァルキュリアは基本的に槍を持っているのだが、エナは日本刀に酷似した剣を、鞘に収めて携帯している。
「やってるやってる。いいね〜、あのシンガリ。がんばってんじゃん? あれなら充分、エインヘルヤルの資格あるよな。そう思わないか? ムニン」
言って、エナは視線を上に向ける。エナの被る兜には、一羽のワタリガラスが留まっている。フギンの相方ムニンだ。
「ノーコメント、ですわ。ワタクシ、ヴァルキュリアの仕事には関わってはなりませんもの」
「意見訊くくらいイイじゃん。……あ、転んだ」
ムニンから視線を移した刹那、エナが目を付けていた少年の乗ったバイクが転倒した。だが、速度が遅かったのと、何より慣れているものか、そのまま怪我も無い様子で、今度は自分の足で走り出す。
「おお〜、元〜気いっぱいだねぇ〜。男の子はそうじゃなくっちゃ!」
逃走し続ける少年。彼が着る、白いロングコートに似た上着の背には、弦楽器を持った東洋の女神が大きく描かれている。
「……さて、そろそろ死んでもらわないとね〜……このまま逃げ切られたんじゃ、エインヘルヤルにできないよ」
エナが呟く様にそう言うと、ムニンがエナに、軽蔑に程近い眼差しを向ける。
「……なんだよ? その目……」
「……別になんでもありませんわ……ただちょっと、そういうセリフを聞くと、ただの死神と変わらないな〜、なんて思っただけですから」
ムニンの言葉に、エナの額に青筋が浮く。
「失礼なヤツだな! オレはヴァルキュリアだぜっ? そんじょそこらの死神と一緒にすんな! いいから行くぜムニン!」
直後、エナとムニンは転移する。丁度、少年を追いかけていたパトカーの後部座席へと。
年明けから、毎年毎年変わらないカーチェイス。そんな雑事のために、せっかくできた彼女と過ごすこともできず、パトカーを運転する交通機動隊の巡査は苛立っていた。
「ちっ、こんな連中、轢き殺した方がハナシ早えーんじゃねぇか?」
ついこぼれた本音。それをかき消すかのように、次の言葉を繋げる。
「な〜んて……」
な、と続けるその直前、
「いいねぇ、それで行こう!」
背後から、若い女の声が聞こえた。
刹那。
「……え?」
巡査の驚きが口をつく。
「な、な、なっ?」
巡査の意に反して、腕が、足が、身体が動く。意図しない方向にパトカーが走り出す。
歩道に乗り上げ、ガードレールに火花が散った。
そして前方には、追跡していた少年がいる。
「ウソおおおおぉぉぉぉっ?」
巡査の目に飛び込んできた、特攻服の妙音天女の意匠。
――あ、もうダメ、轢いちゃう――
――人生オワタ! ――
その一言が脳裏を巡る。
だが――
巡査という一個人が、社会的に抹殺される事はなかった。
ただ、巡査は宙を舞っていた。
いや、正確には、巡査の乗ったパトカーが、宙を舞っていたのだ。
後に、病院で意識を取り戻した巡査は、最後にこんな声を聞いた気がした、と彼女に語ったという。
ちっ! 邪魔入りやがった! 出るぜムニン!
と。
作品名:漆黒のヴァルキュリア 作家名:山下しんか