漆黒のヴァルキュリア
「人聞き悪いなぁ……ウチかて、イジメたいだけとちゃうねんで? あの娘が、またあんたみたいなエインヘルヤルをようさん連れてきたったらえーねん」
「いや、ムリっしょ。またキツネとかタヌキとか連れて来るのがオチっスよ」
「せやねん、そこで!」
ばしっ! と俺を指差すフレイヤ。実にイヤな予感がする。
「イヤっス!」
ゴッ!
「ブフォッ!?」
刹那、俺は頭頂部に鋭い打撃を受け、鼻と口から吐血した。
「まぁまぁ、そう急かんと、話だけでも聞いたったらええやないのぉ〜」
と穏やかに言うフレイヤの手には、俺の頭髪と血の付いた、黄金のリュートが握り締められている。殺す気か! ……死んでるけど。
「ソウシマス……」
俺は女神の前に正座しながら、話の続きを聞くことになった。
「ま、あんたがエインヘルヤル嫌っとんのは知っとるわ。せやから、こうしようやないの。あの娘が、あんたに代わる勇者を一人、それに加えて、さらにもう一人連れて来るコトができたら、あんたを自由にしたるわ。で、そのためにあんたはあの娘のお目付け役んなるっちゅうワケや」
俺と女神の間に流れ出す、奇妙な沈黙。俺は女神の腹を探り、女神は俺の心理を手玉に取ろうとしている。
そして、沈黙を破ったのは俺だった。
「了解っス。その任務、受けましょ」
「んん〜もぅ! このコったらイケズぅ〜! 最初から素直にそう言うてくれたらええやないの〜!」
「ぶふっ!」
刹那に俺は、女神の胸に顔を埋められていた。よせ! 窒息する! それに、それに……
……………………
「……あ、血ぃ吹いた。……まったく、相変わらず純情なコやなぁ……」
遠退く意識の中に、そんな声が響く。だからオレはニガテなんだよ、このヒトが……
翌日。
俺は図らずも故郷に帰ることとなった。今いるのは、関東地方の片隅で、ひっそりと佇む小さな山寺の境内だ。
しかも、着慣れた帝国陸軍の軍服と、馴染んだ軍刀を手放し、支給された西洋の黒い甲冑とサーベルを携え、顔には甲冑と同色の黒いフルフェイスヘルメットを装備している。万が一にも、エナに俺の正体がバレないようにする為だ。
まぁ、動きにくかったり、重たいという事はない。アストラル体のエインヘルヤルが身に着けるものは、当然アストラル質で出来ている。平たく言えば、幽霊の着る物に質量は関係ないって事だ。
本当なら、幽霊ついでにこのまま土に埋まって成仏したい所だが、エインヘルヤルとして身を呪縛するフレイヤの魔力を解除してもらわなければ、それもままならない。となれば、あとはフレイヤとの約束を守るしかないワケで……
で、約束を守るのはいいが、あのアマ、しっかり条件も付けやがった。
一、お目付け役は、監視する者を直接手伝ってはならない。
二、お目付け役は、監視する者と直接顔を合わせてはならない。
三、監視する者が気安くなってもいけないので、正体を知られてはならない。
四、以上の条件を破った場合、女神フレイヤは貴公との約定を履行しない。
まぁ、どれもこれも、理由としてはスジが通っている。しかし、だからといって、その為に『御使い』を用いた文通というのはイカガなものか。
俺は虚空に腕を伸ばす。その手に、カラスが一羽舞い降りた。
「いいね、フギン。お前のそのフツーさ加減、いいカンジだぜ」
「お褒め頂き、恐悦至極にございます」
言って、俺の言葉にカラスはうやうやしく頭を下げる。こいつの名はフギン。元々は主神オーディンのペットだが、今回はフレイヤの要請で俺の補佐役となっている。
分かってる。フレイヤから譲り受けたこのカラスの姿をした精霊も、その実俺の監視役なんだろう。だがな、俺がそうそう手玉に取られてばかりだと思うなよ?
「じゃ、さっそくアイツに届けてくれ。『勇者を選ぶ時は、人間以外の者は却下』って指令だ。頼んだぞ」
言って、俺はフギンを頭の上に乗せた。
「了解〜……それではまいります」
カラスは頷くと、漆黒のその羽を大きく広げる。
どういう仕組みかは分からないが、コイツはこうして俺の思考を読み取って、もう一羽の相方『ムニン』へと送信しているそうだ。
それを受け取ったムニンは、思考の内容を手紙に変換して、エナの目の前に映し出すという。当然、それと同じ事はフギンもできる。エナのメッセージは、手紙の形で俺に届くというワケだ。
……FAXかよ……いや、Eメールか?
意外とハイテクな北欧神話の登場人物に、俺はある種の敬意を抱く。まぁ、相手の思考を手紙として読まなきゃならないってのは不便だが、直接話すとボロが出る事もあるだろうし、一応、理には適っている。
プルプル、
ピクピク……
フギンは一定のリズムで、その漆黒の羽を震わせ続ける。
その姿に、俺はエナの姿を連想した。フギンの相方のムニンは、今はエナの所にいるのだ。
そして、俺に『爆裂』の二つ名があるように、エナも二つ名を持っているのを思い出した。
エナの二つ名は『漆黒』。
――『漆黒のヴァルキュリア』――だ。
作品名:漆黒のヴァルキュリア 作家名:山下しんか