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漆黒のヴァルキュリア

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プロローグ



「よう、爆弾魔。姐さんが呼んでるぜ」
 館の中庭――石柱立ち並ぶ石畳の廊下で、すれ違いざまに、屈強なエインヘルヤルの一人はそう言った。筋肉ダルマでブロンドの長髪を三つ編みにしている、典型的なヴァイキング風のエインヘルヤルだ。
 俺は取り合えずそいつをぶっ飛ばしてから訊き返す。
「爆弾魔じゃねえってんだ。俺は工兵なんだよ! ……で? なんで俺なんかが呼ばれてんだよ?」
 姐さんとは、この館の主の一人、フレイヤ女神である。できれば、あまり会いたくはない相手だ。少なくとも俺はニガテ。
「さぁなぁ? オレももう、こうして千年エインヘルヤルやってるけどよ、あの人のこたぁよく分からん」
 横っ面を思い切り殴ってやったのに、目の前のコイツは平然とした様子でそう言った。
「けッ……そうかよ」
 毎日毎日、殺し合っては生き返り、宴会やっては殺し合う。好きなヤツは好きなんだろうが、殺伐としたここの生活に、俺はかなり飽きていた。それというのも、俺の意を無視して、こんな場所に連れてきたヤツがいるからだ。
 生前の記憶は、今の俺にはあまりない。憶えてる事と言えば、幾つかの故郷の事。それに、どこかの蒸し暑い土地で、銃を持って戦争していた事と、敵の装甲車を道連れにして、爆死した事くらいだ。
 ところがどうだ、今の俺はここにこうして、生きてた頃とちっとも変わらず、五体満足で生活している。
「も〜イヤだぜ俺ぁ! 早く成仏してぇ〜〜っ!」
 俺は日課になりつつある嘆きを、叫びに変えて咆哮した。
 ああそうだよ、オヤジは田舎ぐるみの隠れ切支丹の家系で、お袋は仏教徒だった。信仰的にはハーフだよ! ジャスト和洋折衷でゴザイマスとも! でもなぁ……
「よりにもよって! なんでヴァルキュリアに拉致されてんだよ俺はああああぁぁぁぁっ? 切支丹とか、ゼンッゼン関係ねーだろぉがああああぁぁぁぁっっ!」
 はぁ……
 はぁ……
 はぁ……
 俺の叫びを耳にして、傍らに立つエインヘルヤルが、頷きながら、俺の肩を叩いた。
「別にいいじゃねぇか、なんだって。ゼイタクなヤローだな、オレたちゃ栄光あるエインヘルヤルなんだぜ? いいからよ、ウダウダ言ってねぇで……行ってきやがれ!」
 言って、傍らのエインヘルヤルに――
「うおわぁっ!」
 俺は、投げ飛ばされた。


「……って〜な、あの馬鹿力め。さすが肉食民族ゲルマン人だぜ……」
 思い切り打った腰をさすりながら、俺が顔を上げると、そこには――
「よう来たねぇ、爆裂のエインヘルヤル」
「は、はは……ども」
 俺の眼前に、その女神はいた。
 涼しげな眼差しに、豊かな金色の髪。長くほっそりとした色白の手足であるのに、豊穣を連想させる、豊かな胸と腰周りの肉付き。そして何より、男であれば魅了されずには済まない、妖艶な雰囲気を纏っている。
 しかし、しかしだ。それでも俺は、この女神がニガテなのだ。
 というのも――
「あんたを呼んだんは他でもない。あんたにしかできひん仕事があんねん」
 ――なんでここで関西弁なんだよ? ――
 西洋美女の風情ぶち壊し。
 いや、誤解の無いように言うが、関西弁がイヤだとか、耳障りだとか言うつもりはまったくない。しかるべき人物が、しかるべき地域で喋るなら、それはそれで味があっていいものだ。
 その一方で、この女神、視線にやたらと威圧感がある。まぁ、戦場飛び回って死人の魂狩ってくる連中の元締めだ、ついでに戦の女神でもあるらしいから、仕方の無い事ではあるだろうが。
 だがまぁ、だからと言って、別にそれらがニガテの原因ってワケでもない。
「仕事……ッスか」
 俺は多少警戒しながら、そう言葉を返す。
 まぁ、この女神の依頼だ、まずロクな事じゃないに違いない。
「せや。あんたも知っとる、エナのヤツおるやろ?」
 その名前に、俺の額の血管がピクリと脈打った。
 忘れようにも忘れられない。そいつこそ、俺をここに拉致してきた張本人だ。戦場で死人を拉致してくる、ヴァルキュリアの一人である。
「あんたも知っての通り、アイツ見境の無い問題児やねんか?」
「ああ、やっぱりね」
 コンマ一秒で、女神と俺の見解が一致した。
 そう、言葉通りエナは見境が無い。俺を拉致してる時点でまず問題だが、実はこれはカワイイ方だ。アイツは勇者と見れば、人間以外のものでも平気で連れてきてしまう。猛獣ならまだいい。犬猫でもマシな方だろう。この間なんか、クワガタ十匹ぶっとばしたカブトムシを、勇者と称して連れてきやがった。
 カブトムシだぞ? 神々の黄昏の時に、カブトムシがどうやって巨人族と戦うんだよ!? ぷちっと潰されてオワリじゃねーか!

 ……………………

 ……ちょっと待てよ?
 ……て事はナニか? 俺はカブトムシと同列だってことなのか?

 ……………………

 まぁいい、深く考えたら負けだ。
 俺は気を取り直して女神に向き直った。
「で、エナがどうしたんスか?」
 ふぅ、と、フレイヤは溜め息を吐く。憂いに満ちた表情だ。口さえ開かなきゃ実に風情がある。いったいどこまでオトコゴコロをくすぐりたいですか?
「……じつはな、今度、エナを極東地域にトバすコトんなってん」
「てか、それ決めるの姐さんなんでしょ?」
「もちろんや!」
 グッ! と、親指を立てて見せる美の女神。よく考えれば、このヒトが元凶なんじゃないのか? 若くして死んだ乙女を拉致ってきて、ヴァルキュリアにするんだろ? このヒトが。
 ――と、待てよ? ――
 俺は不意に疑問が湧いた。
「姐さん質問ス。俺だってヴァルキュリアの仕事は知ってますけどね……極東っつったら日本でしょ? 今は戦争とかしてないスよ? あそこ……」
「おんなじコトや。この前まであの娘がいたんは南米やで? ……なんで麻薬組織とかテロ組織のようさんおる地域に行ってんのに、カブトムシ連れてくんねん? ワケワカランわ」
 ――まぁ、それもそうですなぁ――
 俺とフレイヤ、二人の表情が微妙に引きつる。
「失敗やった……あんな天然問題児、ヴァルキュリアにするんやなかった……」
「リストラしちゃえば?」
 笑顔で即答する俺に、フレイヤは眉根を寄せる。
「それはあかん。ヴァルホルの労働基準監督署に訴えられるわ」
 ――労基あんのかよ、勇者の館に――
「まぁ、あの娘エインヘルヤルには人気あるさかいな。あんたも何回か酌してもろうとるやん」
「そりゃね。アイツだけじゃないスけど」
「で、実は毎年春のエインヘルヤルアンケートで、嫁はんにしたいヴァルキュリアベストテンてあるやろ? アレでな? 毎回6位やねん」
 ――微妙な順位だし……ってか、何年その順位なんだよ? ――
 まぁ確かに、毎夜の宴会で、荒くれたエインヘルヤルどもの接待をするあいつは、実に堂々としたものだった。酒が切れる前に酒の追加を持ってきたり、何千と居るエインヘルヤルそれぞれの、食い物の好みも把握している。実に痒いところに手の届くヤツなのだ。
 まぁ、それはそれとして……
「で、自分から辞めたい、と言い出すのを待つ、ってワケっスか……えげつね〜……」
 俺の言葉に、女神は苦笑して見せる。