わが家の怪
─四─ 《足》
夫と知り合ってからのこと。
夫のすんでいる家(もちろん、現在はわたしも住んでいる)には【彼】がいた。
【彼】は、この家の六畳間と三畳間の間に静かに立っていた。
ぼうっとうつろな目をして──
年の頃は40歳代。あるいはそれより若いのか?
なにしろ、ほおがこけてやせ細り、青白い顔色をしているから、実際の年よりも老けて見えるのかもしれない。
着ている服はカーキ色っぽく見える。
ただ、軍服なのか、作業服なのか、胸から下はぼやけていてよくわからない。
彼の表情は悲しそうにも見えたが、感情は一切わたしには伝わってはこなかった。
当然、悪意も感じられなかったので、怖くはなかった。
だから、最初からなぜか自然と【彼】の存在を普通のこととしてとらえることができた。
地縛霊なのかしらないけれども、【彼】はなにもしなかったし、じゃまにもならなかった。
やがて結婚して、わたしが住むようになった。すると年月がたつにつれ、【彼】はだんだんと薄くなっていった。
そして、いつのころか見えなくなった──
けれども、今度は足だけになって存在するようになった。
三畳間があったところは、現在建て増しして居間になっているが、その足は、六畳間から居間に一、二歩歩いて消えていく。
わたしはそんな【彼】のことを『足だけのおっさん』と呼んでいる。
余談ながら、その足は黒い靴下をはいている。