サーガイアの風見鳥
酒の抜けきらないままに、俺は再び自室に籠もって、コンピュータをいじり始めた。赤くて透き通った、安っぽいプラスチックのゲームパッドを繋ぎ、延々とゲームに興じる。三十年も昔の、シューティング・ゲームだ。ドットで描かれたグラフィックは古くさいが、しかし絵画のようでもあり、そう思うと急に新鮮に見え始める。音楽に定評があるということで、俺もこのゲームのBGMを担当した作曲グループのアルバムを、ネットの方々からかき集めている。俺の生まれるずっと前に作られたゲームには、なにか歴史を感じた。権威を感じた。寄り難さを感じた。ビデオゲームだけは俺たちのものだ、という、子どもの頃の変なプライドは、すでに打ち砕かれていた。難易度はきわめて高い。俺は何度も何度もプレイを繰り返す。アーケードゲームをコンピュータ上で動作させる、いわゆるエミュレーターのおかげで、俺は財布を軽くするかわりにキーボードの特定のキーを押すだけでコインを何枚も投入し、ゲームに興じることが出来るのだ。アルコールは指先も脳味噌も揺らしていて、繊細な操作を求められるこのゲームを十二分に遊び尽くせるような状況ではなかったけど、真っ暗な部屋で、ヘッドフォンから大音量のチープでサイケデリックですらある30年前の電子重低音を響かせ、次第に熱を帯びるゲームパットを手汗で濡らしていくのは、気持ちがよかった。敵キャラクターが弾を撃つ、俺が撃ち返す、爆発のエフェクトがちらつく。強制スクロールのゲームなので、プレイヤーである俺はプログラマーの設定したゲーム進行速度から逃れることは出来ない。むしろこの画面の向こう側の時間に、俺は乗りかかっていく。ミスをする時以外には。ゲーム内の、俺が操作する戦闘機は、なにか別の時間の中を進んでいる。遠い宇宙の彼方、あるいは、どこでもない電子の世界。
原色がちらちらと明滅する画面に、骨を揺らす電子の重低音がシンクロして、酒のせいか身体はふわふわしていて、しかし段々指が思い通りに……というより指の思い通りに動き出して、今夜は新記録がたたき出せそうだな、いいなそれは、いい。うん。今夜は祈られることもないな、これだけ調子がよければな、画面の向こうには風は吹いていないし、すべてが目に見える。これもまた酒のせいか画面がぼやけてみえるけど、弾丸の発射音と、敵キャラクターの爆発音がリズムよくリズムよく。ほら、もう次は、今まで到達したことのないボス敵だ、あれ、画面が黒くちらつき、青い海が描かれた電子のレトロな戦闘空間がぱっと消え失せる……音は鳴ったまま、見えないところで戦闘機の撃墜された効果音が聞こえる。勝手にメーラーソフトが立ち上がっていた……差出人、株式会社……ゲームパッドを投げ捨て、万年床に身を投げる俺、背中の激痛に既視感を覚えたが、緑色のライトが光る携帯電話には触れず、このままアルコールに身を任せて眠ろうと目をつむり、少しだけまた目を開け、窓の外を見ると、例の風見鳥が銀色に光って見えた。早く、山村という男に合わなきゃいけない。萬田の紹介してくれた男だ。特に行きたくもない三流企業の社員だが、チャンスを逃すわけにはいくまい……。