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イカズチの男

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 えらく懐かしく、二度と教師に連れられて入るものかと何度も思った職員室に、四年ぶりに連行された。
 俺たちを捕まえた教師は、幸運にも(悪運にも)俺がずいぶんとお世話になった元三年一組担任の堂島だった。当時自称二一歳。現在自称二五歳。俺は絶対に教師年齢だと思っている。
「馬鹿だねトヨエツは。そんな目立つ格好で。あたしはてっきり、とうとうこの学校にも七不思議の誕生かと思ってヒヤヒヤしたよ」
 堂島は四年前と変わらない豪快な笑い声を上げた。彼女は終始この調子で、生徒の人気の高いオバチャン先生だった。今も変わらないだろう。俺のことを当時の愛称のままで呼ぶのは、勘弁して欲しかったが。
 俺はコートを脱いで、適当に近くの誰かの椅子に座った。何だかいい気分。 音川もコートを脱いだが、帽子とサングラスはそのまま、神妙な顔をして来賓用のソファに腰を下ろしている。どちらが図太いだろう。
「先生はなにしてんの? こんな時間まで」
 時計を見上げると九時近い。労働基準法が定めた勤務時間はとっくにオーバーしている。規定時間内で終わらない仕事なのは承知だが、教職がここまで長引くのは珍しい。
「問題?」
「あたしは電話番兼留守番。あんた達には関係ないよ。なにしに来たの? やっぱり中学からやり直す必要が出てきたか?」
「テトリスをやるんだよ」
「なに?」
「講堂、貸してください」
 管理職の気分は満喫したと呟いて、音川がコートを手に堂島に言った。堂島は目をしばたいて音川の顔を見た。「この子どっかで見たわねえ」と顔に書いてある。その時電話のベルが鳴って、堂島は受話器に飛びついた。
 職員室の内部事情に詳しかった俺は、壁に掛かっているたくさんの鍵から講堂の鍵を見つけだすと、堂島に向かってひらひらと振ってみせた。堂島は電話に応対をしながら、右手で追い払う真似をした。オッケーだ。
「はい。こちらには何も。そうですか。クラスで仲の良い者の家に電話をしてみたのですが」
 職員室の扉を閉める時、そんな彼女の不安げな声が背中越しに聞こえた。
 講堂に入るには、二階から渡り廊下を渡る。
 実は講堂の窓硝子には外から外せる所があって(朝会に遅刻しそうな時オススメだ、在校生諸君)そこを使うつもりだったが、堂島に会えたことで貴重なアイテムを入手し、よけいな罪悪感を背負わずに済んだ。
 夜の校舎はどんなに不気味かと思っていた。
 昔の担任に会ったことでその印象はがらりと変わる。戻る、と言うのか。ここは俺たちが唯一絶対、安心して馬鹿を働けた、母校だった。
 電灯のついていない廊下は思ったより暗くなく、月明かりは随分明るい。
 押し込められた電灯のスイッチ(危険)とか、集めただけで流しの下にまとめてある綿埃(捨てろ)が懐かしい。思い出に浸って油断すると、ときどき視界の隅に入る音川の黒い姿に、一瞬ギョッとさせられるけれど。透明なくらげみたいな存在感だ。
「生徒が家出でもしたかなあ」
「だろうな。堂島が担任らしい」
「心配だねえ」
 春だねぇ、と同じくらい呑気な口調でそんなことを言っても説得力には掠りもしない。
 堂島の言うとおり俺達にはまったく関係ない。俺はたいして気にならなかった。
 思春期だぜ。色々あるんだよ。
 一晩くらい放っておいてくれたほうが、俺は嬉しい。

作品名:イカズチの男 作家名:めっこ