優しい花
4.
「僕が秀端様と出会ったのは、ちょうど今の敬君と同じ頃なんだ。
秀端様は同じ一年とは思えないくらい大人びていて、堂々としていたよ。見てくれはかっこいいし、強かったから、今もだけど、向かうところ敵なしだね。
僕は、今もあまり大きくはないけれど、その頃はもっと小さくて、女の子によく間違われてた。
秀端様に初めて会った時にも、『お前、えらく女顔だな』なんて言われたなぁ。
こんな学校だから、危ない目にも会った。だから、この顔にはコンプレックスもあるよ。
でも、秀端様はこの顔を気に入ったんだね。秀端様は僕を側に置いてくれて、秀端様の側にいれば、僕は安全だった。
簡単な話だけど、力の有る者は、弱者を守れるんだ。今、敬君をこういう風に守れているのもそういうことだよね。
だから、僕は秀端様にもっと気に入ってもらって、ずっと側に居れるようにって思った。多分それをいつからか、恋愛感情だと思うようになったんだ。恥ずかしい話、誰かを好きになったことなんかなかったから、恋愛って何か分からなかったんだ。
そして、僕は力を得た。学業も頑張って、容姿に磨きをかけて、それから親衛隊隊長にまで上り詰めて。
そんなことに傾倒するあまり、いつからか秀端様の本質が見えなくなってた。本当は、そんなに高尚な方ではないのに、神聖視するような感じになって。しつこく媚びる人間を追い出すなんて、馬鹿な真似もした。
あの日、敬君に秀端様が失礼な言葉を言ったとき、夢から覚めたような気分だったよ。こんな考えをする人を尊く思ってたなんて、って。
そんな人のために、コンプレックスに思っていた容姿を磨いていたなんて、馬鹿だよね。
いつしか間違いだらけになっていた。
でも、嫌な経験のお陰で貞操が堅かったのが唯一の救いかな」
静夏先輩の声は子守歌のようで、だけど僕を眠りの世界ではなくきちんと現実の世界に引き留めていた。静夏先輩の手が、僕の頬に触れる。
「あの時、敬君は自分がどんな顔をしていたか分かる?」
あの時、というのは静夏先輩と初めて会った時のことだろうか。
「秀端様の腕の中で、君は死んだみたいな顔をしていたよ。何の表情もなくて、体も脱力して。そんな君を見て、僕はすごく胸が痛くなった」
静夏先輩の声が、切ない色を帯びる。あの時言われた言葉を思い出して、僕の体は凍った。
「君の顔は生き生きと表情を色々に変えて、とても魅力的だよ。けれど彼はそれを否定した。それから、君を形作る性格をも否定した。彼が褒めたのは、君の入れ物だけ。だけど入れ物だけなんて、そんなの無機物と変わりないじゃないか」
僕が僕でなくてもいい。頭をすげ替えても、精神を取り替えても、構わない。体だけ。でもそれは僕じゃない。そんなの僕にとって死刑宣告と一緒。死んだっていいんだ、体が残れば。
ああ、痛い。痛い。痛い。痛くて、痛くて、痛くて、涙が出て来る。
「…っ、ぁ」
思わず声が漏れる。静夏先輩は僕の涙に気がつくと、あの日みたいに僕を胸に抱き込んだ。また、彼の肩口が濡れてしまった。
「敬君の涙を見ると、僕はすごく、それこそ死ぬんじゃないかってくらい苦しくなるんだ。君を泣かせるものなんて、みんな壊してしまいたい」
綺麗になんて泣けない。喉から潰れた汚い喘ぎが漏れる。
「僕だって男なんだから、好きな人くらい守れなきゃダメだよね。だから僕はもっと強くなって、君を守りたい。こんな束の間じゃなくて、ずっと」
静夏先輩は僕の両肩に手を添えて、僕の顔と向き合うように僕の体を押した。きっと今僕の顔はボロボロのぐしゃぐしゃで、世にもみっともないに違いない。
「顔だけの最低男には、僕は絶対ならないから。だから、僕に敬君を守らせて。僕は君が好きなんだ。僕にとって君は全てが魅力的だよ。僕が初めて好きになった人だから」
静夏先輩の顔は相変わらずかわいらしいのだけれど、僕の目を射抜く瞳は男のものだった。
静夏先輩は敢えて低い声を出し、改めて言う。
「敬、俺の恋人になりなさい」
返事の代わりに僕は、居住まいを正して目を閉じた。
季節は巡り、それから半年後の12月。僕はまた食堂にて、槍杖様に絡まれていた。
「敬、今日は」
「嫌です」
言い切る前にバッサリと斬る。
「テメェ、最後まで」
「しつこい」
どうせ横暴なことしか言わないのだから、そんなもの聞く耳持つだけ無駄だ。
「クソッ」
槍杖様はついにお得意の実力行使にでた。が、しかし彼の長い腕が僕の腰をつかみ取る前に、僕は腕を引かれて、その引いた人物の胸板に飛び込む。
「秀端、俺の敬に手を出さないでくれる?」
その人はにこやかに、言う。槍杖様の眉間に皺が刻まれる。