小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

薊色花伝

INDEX|6ページ/45ページ|

次のページ前のページ
 

 ふと、お醤油と味噌のいい香りが漂うのに気がついた。どうやら匂いの元は応接室らしい。昨日の夕方から何も食べていないから、まるで消化器官に直接働きかけるかのような攻撃力だ。ふわふわしていた頭も急に冴えてくる。
「どうせ朝ご飯も準備してないと思ってさ。持ってきたから食べるといいよ」
 手招きされて入った先には来客テーブルの上に並べられた朝餉の用意。つやつやのご飯に赤味噌のお味噌汁。タッパーからお皿へ装われる御浸しに卵焼き。アジの開きはまだ湯気が昇っていて、大根おろしまで添えてある。
 判で押したみたいな、完璧な和食の朝ご飯。もしかしなくても目の前の彼が作ったに違いない。言いたいこともあったけれど、お腹が空いているのも事実なので静かに戴くことにした。
 あたしが箸を取ったのを見て、常葉は安心したのか掃除へと戻って行った。


 それにしても、なんて穏やかな朝なんだろう。
 環境が違うだけでこんなに平静な気持ちでいられるのなら、もっと早くこっちに来れば良かった。祖父の助言に感謝しながら、テーブルの前で両手を合わせた。

 朝食を摂り終える頃には建物内の掃除も佳境にさしかかっていた。何か手伝うことはないかと一階に降りていくと、常葉はカウンター横に立てかけてあった木の板を担いだところだった。
 板を抱えて玄関の外へ。そうして、観音開きの扉の上にそれを翳す。

 表面に書かれていたのは懐かしい文字だった。木目の鮮やかな一枚板。
 その上に墨字で力強く、『あざみ堂』の文字。

「看板を掲げるのも久しぶりだ」
 朝陽の下で、常葉が感慨深く呟いた。

作品名:薊色花伝 作家名:篠宮あさと