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薊色花伝

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 黙々と蔵の中を改める作業は続く。
 随分と探した気がするけれど、見渡してみれば手をつけたのはほんの一角。これではいつまでかかるか分からないと、不安を憶えるものの手を止めることはない。

 あたしはまた次の箪笥に移動する。背丈の低い造りだけれど、引き出しは大小合わせて五つ。その最下を引き出せばブリキ缶や着物柄の巾着が収められている。
 古風ながらも華やかな、まるで宝箱のようなその中に、朱色の風呂敷包みを見つけて引っ張り出す。紋様は金刺繍の舞蝶。大きさの割りにずしりと重い手応えに期待したものの、開いてみれば丸いお菓子の缶の中に文鎮と千代紙の束。その他にも鋏に和紙や綺麗な柄の端切れが出てくる。

「髪飾りと同じだと思ったのに」
 うーん、唸ると、すぐ脇で葛篭を開けていた伊瀬さんが手元を覗き込み感心する。
「祖母のものかもしれません。ああ。この柄なんて似ていると思いませんか」
 彼が指差したのは隣の風呂敷だった。鮮やかな緋の牡丹の柄。あたしは良く分からずに首を傾げる。
「何とですか?」
「何って、女の人の髪飾りでしょう?」
 益々首を傾げる。髪飾りは確か蝶のはずだ。真っ白な揚羽蝶。華崎さんからもお手伝いさんからもそう聞いている。

 そこまで考えて、ふわふわしていた背筋に一本線が通った。
 純白の女性。
 屋敷の外で憂う女性。
 蔵の中に佇む女性。
 誰かを探し、誰かを待つ。
 蝶と牡丹。
 刀と、
 透ける様に、白い。

「あの…幼い頃に逢った女性の簪は、どんな形だったか覚えてます?」
「あれは確か、」
 彼の言葉を、固唾を呑んで待ちわびる。

「真っ白な牡丹の花でしたよ」

 思わず涙が出そうになる。
 もしかして。
 伊瀬さんが蔵で会ったというのは。


 『必ず逢えるから』。


 ふわり。
 吹くはずのない風を首筋に感じた。
 誰か呼ぶ気配がする。私じゃない。私をではなく、誰かを、誰かが。
 誰から誰への声なのか、分かっていた。空気を震わせない呼び声。名前。

 『      』。


 見覚えのない女性の横顔が、儚げに微笑む姿が脳裏に浮かんだ。右のこめかみには大きな白銀の牡丹。引き寄せる内掛の袂。
 振り向くと、狭窓から入った光が一筋、蔵の中を射している。暗さに慣れた視界に眩しく、スポットライトのように。きらきらと揺れる塵。僅かに朱色の交じった陽光。陰影。
 それがひとつの箪笥を照らし出す。

 もしかして。
 あたしはその桐の箪笥を引き開けた。迷わずに一番上を。
 その敷板に隠れるように、煤けた絹の包み。震える手で抱き起こして、結び目を解いた。
 中から顔を出したのは、華獣文様の白銅鏡。



「あった……!」


 思わず宙高く掲げ、そして声を上げた。伊瀬さんと二人、顔を見合わせて歓ぶ。
 鏡は間違いなくここにあった。
 長い間、光を浴びることも出来ないまま、眠っていた。

 その背には、大輪の牡丹の華。
作品名:薊色花伝 作家名:篠宮あさと