薊色花伝
「では、ご案内します」
向かうのは家の裏にあるという社。常葉が言外から見つけた刀の真実に関わる場所だった。
華崎さんは隠そうとしていた訳ではなく、どうやら彼自身も半信半疑だったらしい。案内してくれる伊瀬さんの後ろを追いかけながらそっと常葉に尋ねる。
「ねぇ、どうしてあれが社にあったものだって分かったの」
恐る恐る声をかけると、ああ、と微笑んだ。先刻の怖さは無い。その見慣れた柔和さにこっそり胸を撫で下ろす。
「刀の拵えだよ」
「拵え?」
首を傾げれば彼は深く頷く。
「あれは打刀…つまり、侍が腰に下げる大小の片方だ。脇差にしては長すぎるからそうだろう。気になるのはまず鞘や柄の部分だね」
「立派な装飾だったじゃない。少し煤けていたけど」
少しだけ見せてもらった日本刀を思い出す。長い間蔵に入っていたせいなのだろうけれど、埃や僅かな日焼けの跡があったのも事実だ。
「そう、そこなんだよ」
廊下を曲がりながら常葉は更に首を縦に振った。
「あれは代々継いできたものにしては少しくたびれ過ぎてる。多分、一度も拵えを直したことはないんじゃないかな。刀身の手入れはしてきたみたいだけど、拵えのほうは充分だったから直していない」
今の日本じゃ帯刀はしないから多少緩くても構わないしね、などと、まるで見知ったように話して聞かせる。
「でも、教科書や博物館で見る刀はどれも拵えまで奇麗だわ」
「ああいうのは保存も手入れもしっかりされているし、あまりにボロボロになったものは復元されてるよ」
そういえばいつだったか見た本物は刀身だけの展示だった。鞘まで整っているのは稀で、あまり立派なものはレプリカということか。
「つまりあの刀は打たれたときのままってこと?」
「逆だよ。手が加えられてる」
思わぬ返答に目を瞬かせる。不審そうな表情でも滲んでいたのか、常葉はあたしの顔を見て少し笑った。
それからすぐ表情を戻して、
「さっき脇差にしては長いって言ったよね。実は、あの身幅からすると太刀にしても少し半端な長さなんだ」
ああ、確かに少し幅の広い刀だなと思ったっけ。御神体は見慣れているからあまり気に留めていなかったけれど、言われれば納得がいく。刀は使い手に合わせた長さに作るという話だから、成人男性の持ち物にしては短すぎるのだろう。
「事実、鍔にも柄にも傷が一つもなかった。拵えは全て件の祖先が鑑賞用に加えたんだろう。最初からの拵えでは無いから、修復するほどの年月も経っていない」
常葉はちょっと言葉を切り、改めてあたしに向かって問いかける。
「じゃあ何のためのものなのか。実際に振るうものでなければ何か?」
ここまで揃えてくれれば、あたしだって分かる。
身幅の広い、実用性のない刀で、拵えの整っていないもの。家系に代々伝承されてきたもの。
そしてこの山奥、自然に囲まれた場所。
「儀礼、もしくは奉納…だから神社ってわけね」
感心の溜め息をつく。にこりと笑った顔がやけに眩しい。
推理の一部始終を聞き終えて、もしかして本当にあたしは役立たずなんじゃないかと気鬱になった。