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薊色花伝

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 それは十六夜の晩。

 毎月のように姿を消す太刀の行方を今日こそは突き止めようと、屋敷の主人である和世は自ら床の間に腰を据えていた。
 とは言え夜は長く、丸さを留めた月を酒の肴に徳利を傾ける。初春の涼やかな夜だった。
 普段は飾っておくところを、今宵は鞘に納めて膝に抱える。こうすれば泥棒にせよ悪戯にせよ盗むことは出来まい。
 大きく開いた月窓からは月光が差し込む。それを浴びながら、またひとつ。
 ふと、裏の樹が風で揺れた。天気が崩れるのかと目をやって、和世は息を呑んだ。

 ――月陰の遮られた茂みの奥に人がある。
 使用人の誰でもないことと、時折顔を出す親族でもないことはすぐに分かった。
 深い影の中にいて、その姿は青白く浮き上がって見えたのである。

 ごくり。自分の喉の音は耳に届いた。
 目に映るのは内掛けを着た髪の長い女性。着物の裾まですらりと白く輝いている。
 闇夜に映える大きな蝶の髪飾り。
 人ではない、と、いう思いが頭を過ぎる。でなければ闇の中、あんなに明瞭に見えるはずがない。

 女がこちらを見ている。抑揚ない表情で、ただただじっとこちらを見つめていた。
 和世は右手にしっかりと刀を抱え直し、その視線を受け止めた。
 その唇が僅かに動いた瞬間、傾けていた徳利が手からすり抜け落ちる。

 あ、と思う次の瞬間には、既に彼女の姿はなくなっていた。

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作品名:薊色花伝 作家名:篠宮あさと