小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

弓ちゃん、恋をする

INDEX|32ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 星也の言葉はまるでそれ自体呼吸をして生きているかのように星也自身の頭から足先へ、手の指先へ静かに伝わり、そのあとでそっと地面に染み込んでいくように感じられた。そしてその言葉はとなりに座っている弓ちゃんにも同じように触れ、語りかけ、伝わっている。星也はそう感じた。そう感じると、心の奥深くに確かな意志のような強い力が生まれ、星也を勇気づけた。
「ここって不思議な場所だよね。ここで目を閉じて耳を澄ませると、少しずつ時間が溶けていくみたいな感じがしたよ。何もかもふわっと溶けて、スローモーションになってさ。そうするといろんな音がいつもと違った響きかたをしたよね。まるで言葉以外のやりかたで森がぼくらに話しかけてるみたいに」、そうだ、そうなのだ。星也はぼんやりと直感した。その声をとおして自分たちは世界を見ていたんだ。小さな場所から広がる、大きくて不思議な世界を。難解で危険で魅惑的な、二人の未知の世界を。「不思議だね」と星也は言った。「ここで座ってるだけなのに、こんなに小さな場所なのに、ここにぼくたちの知らない世界が全部詰め込まれてるみたいでさ」
 星也はそこで言葉を切った。先を続けようとしたけれど、もうしゃべることが見つからなかった。身動き一つはばかられるような沈黙の中で、星也の言葉の残響が鳴っていた。
「ほんとはこの先に行くつもりだったの」と弓ちゃんが小さな声で言った。白い息が吐き出され、たちまち四散して消えた。「でも行けなかった」
 星也は弓ちゃんの声を懐かしく思った。「どうして?」と星也は尋ねた。「どうして行けなかったの?」
「わからない」と弓ちゃんは言った。「でもここに立った瞬間、足がすくんで動かなくなったの。怖くなんかないのに。そう、この先にあるものなんて、わたし全然怖くないの。それなのに、ここから一歩も足が動かなくなっちゃったの」
 星也は弓ちゃんを見た。弓ちゃんの目はようやくしっかり焦点を結んだ。その目は自分の足の爪先を見ていた。「まだ早いってことだよ、きっと」と星也は言った。森はまだ完全に弓ちゃんを受け入れはしなかったのだ。
 弓ちゃんは下を向いたまま少し何かを考えた。「そうだね」、そして唇をきっと結んだ。「わたし何もわかってないんだ、きっと」
作品名:弓ちゃん、恋をする 作家名:おいら