弓ちゃん、恋をする
弓ちゃんの初恋はささやかな変化の局面を迎えることになった。簡単に言ってしまえば、失恋したのだった。星也は一度あとをつけていったことをうしろめたく思っていたから、もう立ち入ったことはするまいと決めていたのだけれど、それでも事態の推移は弓ちゃんの様子を見ていれば誰にでも見て取れるものだった。ここ最近は落ち着いていた弓ちゃんの変調ぶりがある一点を境にしてまたぶり返したからだ。不本意ながらも事情を知っている星也はそのことを心苦しく感じた。
具体的なことはもちろんわからなかったけれど、おそらく弓ちゃんはあのあともS中学に足を運んでいたのだろうし、そこで同じようにあの男子生徒を待っていたのだろう。弓ちゃんに失恋がおとずれたのだとしたら、そこで何かがあったのだろう。そう考えるしかない。弓ちゃんは彼に声をかけることができたのだろうか、と星也は思った。彼は自分に注がれている弓ちゃんの視線に気づいたのだろうか。口にされないまま心の中に煮こごる弓ちゃんの思いに気づいたのだろうか。
これもまったくの偶然だったのだけれど、星也はその少しあとで弓ちゃんの失恋を裏づける事実に出くわすことになった。何日か降り続いた雪が止み、久しぶりに晴れたある日曜日のことだった。
その日は、弓ちゃんが映画を観ようと言って星也を誘い、二人で街に出かけた。前日までに積もった雪が歩道の片隅に残り、からっとした陽射しを受けて解け出していた。
「くだらない」と弓ちゃんは映画を観終わったあとで言った。「あんなつまんない映画初めて観た」
弓ちゃんはよく星也を映画に誘ったけれど、たいていの映画をつまらないとこきおろした。映画館を出たあとでそういった論評をまくし立てるのが恒例だったので、星也もとりたてて気にかけたりはしなかった。
「ぼくはけっこうおもしろいと思ったけど」、星也は弓ちゃんがしゃべり終わるのを待って最後にぽつりとそう言っておいた。またいっしょに映画を観よう、という意味だった。
帰りの電車に乗っているとき、星也は彼を見かけた。どこかの駅をとおりすぎるときに、反対側のホームに女の子と二人で並んで立っているのが見えた。弓ちゃんは気づいていないみたいだった。つまり、そういうことだったのだ。これと同じような場面を何日か前に弓ちゃんも目にしたのかもしれない。