弓ちゃん、恋をする
「いいって、別に。あんた馬鹿なんだから」と弓ちゃんはこともなげに言った。「いいのよ、別に」、そしてまた星也の先を歩いた。「わたしにはわがままなところがあるかもしれない。でも、ほんとはわたしそんなにたくさんのものを欲しがってるわけじゃないの」、そこで弓ちゃんはくるりと星也を振り返った。「ただ、少しずつ変わっていけるとしたら、それも悪くないんじゃないかなって、そう思ってるだけ」と弓ちゃんは付け足した。「それだけ」
その日、真夜中を過ぎたあたりから雨は雪に変わった。星也は遅くまで起きていて、外に雪が降り積もるのを部屋の窓から見ていた。森に雪が降り、樹々の枝葉や幹やうろや黒い地面に白い冠をかぶせていく様子を星也は思った。雪たちは、森のくすんだ深い緑色を少しずつ冷たい白で覆っていった。暗く静まり返った夜の中、誰も訪れることのないような森の奥にも、雪たちは無言で次々にその身を横たえていった。静かな夜だった。
時計の針が午前一時をまわったところで星也は部屋の明かりを消し、ベッドに入った。でもなかなか眠りはやってこなかった。星也の頭の中で弓ちゃんの言葉が繰り返し語りかけてきた。星也には弓ちゃんの言葉を理解することができなかった。それらはある仮初めの形をとりながら、実際には何か別のことを伝えようとしているように思えた。でもそれが何であるのかは星也にはわからなかった。ただ言葉の残響だけが星也の頭の中に響いた。眠りが星也を訪れたのはそれからまだ少しあとのことだった。
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ときどき、星也は宇宙人の暮らしについて想像することがあった。宇宙のどこか遠く、地球人には到底図り知ることのできないほど遠くに生物の生きられる惑星があり、彼らはそこで暮らしていた。彼らは青い皮膚をもち、真紅の四つの目をもち、六本の脚をもった。手はなかった。惑星の大地は灰色で、赤い海と赤い森があった。植物の樹高はどれも一〇〇メートル以上に達し、先が傘の柄のようにくるりと曲がって下を向いていた。