弓ちゃん、恋をする
弓ちゃんは思い切り感じの悪い目つきでその手をしぶしぶとって立ち上がり、ポケットに両手を突っ込んですたすたと歩いていった。星也があとから追いついて、弓ちゃんのコートのおしりについた土を払った。
星也の予想どおり、帰り道で雨が降り始めた。細くて小降りの雨だったし、木々に遮られるせいで地面に届く雨粒はごくわずかだったけれど、雲がさっきより分厚くなり、それにあわせてあたりも暗くなっていた。
弓ちゃんは寒そうに肩をすぼめて歩いた。星也も寒かった。これは今夜雪になるかもしれないな、と星也は思った。それぐらい寒かった。家に着くまでに本降りにならなければいいけれど、と星也は思った。
「わたしが言いたかったのはね」と突然弓ちゃんが口を開いた。そしてポケットから手をだして手のひらを上に向け、雨粒が降ってくるのを確かめた。往きでの話の続きだった。「その、何て言うか……」、そう言って弓ちゃんは自分の手のひらに視線を落とした。そこに書かれた言葉を読もうとするみたいに。「わたしといるときの星也と学校にいるときの星也は違うのかなって、そう思ったの」、そしてうしろを振り返って星也を見た。「どう? 違う?」
星也は少し考えてみた。「違わないと思う」と星也は言った。「違わないよ、そんなの。ぼくはぼくだよ。家でも学校でも同じだよ。別にとびきり目立つわけでもないし、みんなと一緒になると急にべらべらしゃべるわけでもない。特に人気者でもないし。どこにでもいるような普通の男の子だよ。弓ちゃんの知ってるぼくと同じだよ」
弓ちゃんの表情が少し曇った。「そういうことでもないの。わたしが言いたいのは」、そしてまたくるりと背を向けて歩き始めた。
星也は弓ちゃんの横に並んで前から顔をのぞき込んだ。「ねえ、よくわからないよ。どういうこと?」
「わたしだってよくわからないのよ」と弓ちゃんは冷たい口調で言った。そしてすぐそのことを後悔するような顔をした。「うまく言えない。ごめんね。そういうことってあるでしょ?」
「それはよくわかるよ」と星也はなだめるように言った。「いいよ、今無理して説明してくれなくても。そのうちうまい言葉が見つかるかもしれないからさ」