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弓ちゃん、恋をする

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 星也はもう一度杉の樹の幹に背をもたせかけ、そこに漂う空気の粒子のようなものをぼんやりと目で追おうとした。空の雲が分厚くなったり薄くなったりするのにあわせて、あたりの明るさがくるくると変わっていった。降りてくる光の量が微妙に変化しているからだ、と星也は思った。星也は小さくため息をついた。その温かい白い息が、冷たい空気の中にさっと溶け込んで消えてしまうのを見届けた。そして星也は隣にいる弓ちゃんに視線を落とした。波紋のようにうつろう光と影が、弓ちゃんの白いほっぺたの上にひっそりとしたおぼろな模様を描いた。その模様は、弓ちゃんのつるりとした額や、まぶたの小さな盛り上がりや、小さく上に突き出した鼻の上を刻々と形を変えながら移動した。星也は、小さなころにどこかの博物館で目にした、大きな丸いガラス玉をとおった頼りない光を思い出した。そのときと同じような光と影の反映が、眠ったままの弓ちゃんの顔の上を音もたてずにこっそりととおり過ぎていった。そして弓ちゃんはその下でただ目を閉じていた。小さなあごをくっと突き出して、その白いほっぺたを無防備に差し出して。


 星也が弓ちゃんの肩を軽く揺さぶると、弓ちゃんはそっと目を覚ました。そして不機嫌そうに眉をしかめて額に手をあてた。
「弓ちゃん、風邪ひくよ」と星也は言った。「こんなところで寝ちゃだめだよ」
 弓ちゃんは星也の言葉を無視するように小さく噛み殺したあくびをして、それからコートの襟をぎゅっとすぼめた。「寒い」と弓ちゃんは言った。
「寒いに決まってるよ、冬なんだから」、星也はそう言って弓ちゃんの額に手をかぶせた。すごく冷たかった。「もう帰ろう。もうすぐ雨が降るよ」、そして立ち上がり、コートについた土を手で払った。「帰って、あったかいココアでも飲もう」
 弓ちゃんは身体を小さく折り曲げたまま立ち上がろうとしなかった。「寒い」と弓ちゃんは繰り返した。「何でもっと早く起こさなかったのよ」と弓ちゃんは下から星也をきっとにらみつけて言った。「風邪ひいたらどうするのよ、あんた馬鹿なんじゃないの?」
「ごめん、ぼくもぼおっとしてたものだからさ」、星也は素直に謝り、右手を弓ちゃんの前に差し出した。「帰ろう」
作品名:弓ちゃん、恋をする 作家名:おいら