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弓ちゃん、恋をする

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 しかしそれでも弓ちゃんに何かしらまわりの人を強くひきつけるようなものがあるのは確かだった。たとえ弓ちゃんの振る舞いで傷つけられるようなことがあっても、そしてそのやり方がどう考えても理不尽だとしか思えないような場合であっても、その相手は弓ちゃんを無視してしまうことができないようなところがあった。もっと正確に言えば、弓ちゃんによって不正に揺り動かされた自分の心を無視してしまうことができないのだ。星也にはそれが何となくわかっていたし、それはもちろんフェアなことではなかったのだけれど、誰も弓ちゃんのそんな傾向に異議を唱えることなどできなかった。そしていくぶん納得のいかない気持ちを抱えたまま、多くの人は弓ちゃんと知らず知らずのうちに仲良くなり、たまに理不尽に傷つけられることがあるにせよ、弓ちゃんの内にある何らかの魅力のようなものを承服させられることになった。
 そのような弓ちゃんのあり方は家族の中にあってもほとんど変わらなかった。井坂家は四人家族だった。星也と弓ちゃんと、あとはお父さんとお母さんだ。たとえば弓ちゃんが突然次の日曜日にはディズニーランドに行きたいと言い出すと、はじめはいろいろと理由をつけてだめだと言い含めていた両親も、結局のところは日曜日にはディズニーランドに赴かされることになる。どう考えてもわがままだとしか言えないような弓ちゃんの振る舞いも、何とはなしに家族の中で暗黙の了解を獲得してしまっているのだ。
「ほんとに、あの子はこれからどんなふうに大人になっていくのか私は心配だわ」とあるときお母さんがお父さんにこぼしていた。星也はテレビに夢中になっている振りをしながらその話を聞いていた。
「うん、まあ」、お父さんはいくぶんばつの悪そうな顔をしてビールを一口飲み、テーブルの下で脚を組み替えた。「弓子だっていつまでもお姫様みたいにしていられるわけじゃないかもしれないよ。これから思春期の難しい時期を迎えることになるわけだし、多かれ少なかれあの子も変わるんじゃないかな」、お父さんはそう言って目を夕刊に戻した。
 お母さんは短いため息をついた。「ねえ、思春期の難しい時期だからこそ心配なのよ。それにわたしは、あの子のわがままは結局あなたが甘やかすことが原因になってるんじゃないかって思ってるのよ」
「わかってるよ、それは」とお父さんは夕刊を見たまま言った。
作品名:弓ちゃん、恋をする 作家名:おいら