弓ちゃん、恋をする
井坂家は森のすぐそばにあった。星也は小さいころ、よく家の裏庭からつづくその深い森を探検してまわった。森の木は高く、幹は太かった。葉の色は深い緑だった。そしてその深緑色が森の天井だった。星也は上を向いたまま森を散歩するのが好きだった。あたりには土を踏む自分の足音だけが聞こえ、葉の間からかろうじて太陽の光が差し込むのがとてもきれいだった。散歩道は暗く、ひやりとした湿った空気に満たされていた。ときどきどこかの木の上から、またはもっと遠くのどこかから鳥の啼く声が聞こえることもあった。その声は高く、あたりの沈黙を切り裂くように鋭かった。そうして歩いていると、まるで自分が遠い国の物語に出てくる不思議な森にいるような気がした。
弓ちゃんとも同じようにして森をよく歩いた。弓ちゃんはいつも星也の前を早足で歩いた。ときどき小枝を拾って振り回したり、道の脇に並ぶ木の幹をとんとんとたたいたりしていた。星也がぼんやりして上を向いたまま立ち止まっていたりすると、弓ちゃんはうんざりしたような顔をして星也の手をとり、強引に前へ歩かせた。それでも星也が歩くのが遅いとあきらめて自分ひとりですたすたと先へ歩いていった。
弓ちゃんは四つ年の離れた星也の姉だった。井坂弓子というのが本当の名前だったのだけれど、星也は昔から「弓ちゃん」と呼んでいた。。小さいころから背が高くて、とても美人だった。少なくともみんなから美人だと言われていた。そして弓ちゃん本人も自分が美人だと言われ、そう思われることに慣れているみたいだった。そのせいなのかどうかはわからないが、弓ちゃんには一貫して気が強く、負けず嫌いで、自信家なところがあった。怒ったときには語気が荒くなり、人の弱みを鋭くさすような言葉を発した。星也は何度も弓ちゃんと口喧嘩をするようなことがあったが、そのたびに目も当てられないほどさんざんに言い負かされることになった。
弓ちゃんとも同じようにして森をよく歩いた。弓ちゃんはいつも星也の前を早足で歩いた。ときどき小枝を拾って振り回したり、道の脇に並ぶ木の幹をとんとんとたたいたりしていた。星也がぼんやりして上を向いたまま立ち止まっていたりすると、弓ちゃんはうんざりしたような顔をして星也の手をとり、強引に前へ歩かせた。それでも星也が歩くのが遅いとあきらめて自分ひとりですたすたと先へ歩いていった。
弓ちゃんは四つ年の離れた星也の姉だった。井坂弓子というのが本当の名前だったのだけれど、星也は昔から「弓ちゃん」と呼んでいた。。小さいころから背が高くて、とても美人だった。少なくともみんなから美人だと言われていた。そして弓ちゃん本人も自分が美人だと言われ、そう思われることに慣れているみたいだった。そのせいなのかどうかはわからないが、弓ちゃんには一貫して気が強く、負けず嫌いで、自信家なところがあった。怒ったときには語気が荒くなり、人の弱みを鋭くさすような言葉を発した。星也は何度も弓ちゃんと口喧嘩をするようなことがあったが、そのたびに目も当てられないほどさんざんに言い負かされることになった。