弓ちゃん、恋をする
それから少しの間、動きらしい動きはみられなかった。弓ちゃんは座り込んだままの姿勢でほとんど身動きもせず、何かを待ち続けた。ときおり、部活動を終えた生徒たちが弓ちゃんの前をとおり過ぎていった。このまま何も起こらずにあたりがどんどん暗くなっていきそうに思えた。でも六時を過ぎたところで変化が起こった。突然のことだったので、星也も一瞬驚いて身を乗り出し、危うく前の自転車を倒してしまうところだった。弓ちゃんが突然立ち上がったのだ。星也は姿勢を崩しそうになりながら目を凝らした。きっと弓ちゃんが待っていた相手が出てきたんだ。誰だろう? 弓ちゃんは誰を待っていたんだろう? でも弓ちゃんは立ち上がったきりだった。そしてそのまま校門の前で立ち尽くしているだけだった。誰と接触するわけでもなく、ただじっと立っているだけだった。いや、そうじゃない、と星也は思った。星也は弓ちゃんの目が一人の生徒を追っていることに気づいた。もちろん星也の位置からは弓ちゃんの視線を正確にたどることはできない。でも星也にはわかった。よくよく見ていればわかる。弓ちゃんはあいつを見ているんだ。弓ちゃんはここであいつが出てくるのをずっと待っていたんだ。
その男子生徒はスポーツバッグを肩にかつぎ、もう一人ほかの生徒と連れだって出てきた。背は低かった。弓ちゃんより一五センチぐらい低い。星也よりも低い。髪が短くて、肩幅が狭い。痩せていて骨ばった体つきをしている。遠いから顔まではわからない。でも待っていればこっちまで歩いてくるかもしれない。