弓ちゃん、恋をする
でも扉が閉まりそうだったので、星也も何だかわからないままに慌てて電車を下りた。その駅で電車を下りるのは初めてだった。そこは中学生や高校生が帰り道に寄っていくような町ではないはずだった。弓ちゃんはどうしてここで下りたんだろう? でも少し考えてから、まあいいさと星也は思った。どうせ家まであと二駅だし、通学定期券の範囲内でもある。何も問題はない。
弓ちゃんはホームに下りると、そのまま出口に向かって階段を下っていった。周りを見回すこともしなかったし、きょろきょろするようでもなかった。弓ちゃんがここで下りるのは初めてではないのかもしれない、と星也は思った。ホームの時計は五時三五分を指していた。夕ごはんまでにはまだだいぶ時間がある。心配ない。それで星也は、弓ちゃんのあとをついていってみることにした。それは妙な気分のするものだったけれど、でも電車も下りてしまったわけだから、そうするよりほかないのだ。どうしてぼくが弓ちゃんのあとをつけなきゃいけないんだ? と星也は思った。そう思いながら弓ちゃんの後について改札口へ出る階段を下っていった。
駅前は小さなロータリーで、バスターミナルやタクシーの乗場があった。その向こうに駅前の商店街がつつましく連なって見えた。行き交う人々はみんなコートを着て、白い息を吐き出しながら早足で歩いていた。弓ちゃんはそんな人々の間を縫ってロータリーを抜け、奥にあるアーケードつきの商店街に入った。星也は弓ちゃんに気づかれまいとして二〇メートルほどうしろからついて歩いていたのだけれど、弓ちゃんは一度も振り返らず、周りのものにもほとんど目をやらずに歩き続けた。弓ちゃんの歩く速度はずっと変わらなかった。急ぎもせず、立ち止まりもしない。ずっと一定のペースで規則正しく歩いていた。そうして歩いている弓ちゃんの背中が、早足で歩く人の群れの中で沈んだり、またさっと浮かんできたりした。まるで時間が弓ちゃんのまわりだけ特別な流れ方をしているみたいだった。