雨に咆哮(桐島)
思わぬ審判を笠原に下されて、どうしてか私の心はリリコへの憎しみに満ちていった。頭の中に、醜いライオンの歌が駆け巡る。
「私、生理の時だけキヨがものすごく欲しくなるの」
そう平気で言ってのけたリリコに、驕りを見たと思った。
私がリリコを避け始めると、リリコは私に嫌われまいと面白いくらい躍起になった。朝私を待つリリコの前を通り過ぎるたび、教室に訪ねてくるリリコを避けて手洗いに立つたび、リリコの心が死んでゆくのが見えた。それでいて、リリコの好意を離さないために私は時折リリコに優しさを与えた。それはたまに挨拶を返すとか、リリコの視線に目を合わせるだとかそういったささやかなものではあったけれど、傷ついたリリコはそれだけで十分嬉しそうな微笑みを返し、はしゃいでみせた。私はリリコを手に入れた。
自分の思い通りの人間がいる。その絶対の自信は、私の周囲に対する恐怖心をあっさりと踏みこえ、私は周りの人間に馴れていった。怪物のように思えていたクラスメイトたちは、近づいてみるとなんてことはない、リリコと同じ女たち。それは私にとっていつでも所有できるものだった。私がクラスに溶け込んだころ、たった一人の余り者になった茅ヶ崎清美は学校に来なくなった。
やがて私は笠原も手に入れた。試験期間に入り、多くの高校生が同じ時間帯に帰宅する時期だった。さまざまな制服で溢れるホームで、人ごみの中から私を見分けたのは笠原の方だった。気安さの欠けた分色っぽくなった口ぶりで「おまえ、女っぽくなったな」と呟いた。私は有頂天だった。
はじめての行為はそれからすぐの夏休みだった。私は、はやく彼のものになりたくて焦っていた。未だに迎えていない初経よりも早く、男の手を借りて大人になりたかった。その日、既に通い慣れはじめていた笠原の部屋で、私はリリコが言った言葉を教えた。笠原は少し考えたあと「キヨ、今生理?」と尋ねた。
「違うけど」
どうして、と期待が伝わらないようにわざと投げやりな調子で尋ねると、笠原は予想外の真面目な声で「正直、そういうことをしたいって気持ち俺にもあるけど、それがあってないようなものでしかないんなら、俺はしたくない」と言った。
私は苛立った。笠原にそんな誠実さは求めていなかった。彼はただ私を求めてくれさえすれば良かったのに、そんな思考のあることがわずらわしかった。泣きわめきでもしてやりたいのをうんとこらえて、私は精一杯の色目で笠原を誘った。リリコの言葉も繰り返した。まるで、私がリリコに取られてしまう可能性を匂わせるかのように。言葉と少しの手先を使うと、笠原は簡単に落ちた。彼はどこか芝居じみた不器用さで私は自分のものだということを囁き、行為でそれを示そうと私を床にぎこちなく横たえた。避妊具がないと慌てる彼をなだめて、落ち着いた仕草で私は彼を最後まで受け入れてみせた。私は自分を愛してくれる存在を離したくなかった。行為の後、血に混じって中から零れてくるそれをティッシュで拭いながら、経血もきっとこんなものだろうと思った。そして、リリコからついに自分自身を奪ったことに静かな興奮を覚えていた。