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早稲田文芸会
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雨に咆哮(桐島)

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しかし夏休みが明けた九月、リリコの隣になぜか茅ヶ崎清美がいた。クラスも違うくせに、余り者同士がくっついているなんてあまりにも惨めだとはじめ私はせせら笑ったが、それがかつての私と笠原と同じであることにうすら寒い思いがした。はじめての行為以来、笠原との関係を確かなものにしようと夢中になっていた私は、休みの間リリコの関心を惹いておかなかったことを苦々しく思った。私の中でリリコは、休みのもてあます時間の中で、とうに他人のものになった私に焦がれて過ごしていたはずだった。昼休み、リリコと茅ヶ崎清美は向い合せに座って、鞄の中に隠したプレイヤーからイヤホンを伸ばして片方ずつ分け合っていた。傍に近づくと、あのライオンのデッサンと目が合う。リリコの背後に立った私に気がついて、茅ヶ崎清美が顔を上げた。
「リリコ」
リリコの肩が跳ねる。きつく束ねたポニーテールの両側に覗いた耳たぶが揃って赤くなる。前の方を見遣ると、茅ヶ崎清美は私を見つめていた。長い前髪に隠れた茅ヶ崎清美の目と視線が重なったとき、私の息がひゅっと気管をすべり落ちた。茅ヶ崎清美の目は、明らかに一学期とは違うかたちで大きく見開かれていた。
「……茅ヶ崎さんと仲良かったんだ」
言葉はリリコに向けたものなのに、答えたのは茅ヶ崎清美の方だった。茅ヶ崎清美は睨むような視線を放ったまま、夏期講習を受けた予備校が一緒だったのだというようなことを音量の小さい早口で言った。リリコが予備校に通っていたとしてもおかしくはないのに、初めて知るその情報を私は舌打ちでもしたい気持ちで受け止めた。机の上に広げられた、歌詞カードに目を落とす。ライオンの目の下にうっすらと残った雨の痕を、指でなぞってその場から離れた。茅ヶ崎清美の目は、私にもう何も言わせなかった。あの視線から解放された安堵に隠れて、濃く煮詰まったような羞恥がろっ骨を押し開く。夏のあいだじゅうずっと体の中を占めていた優越感や興奮が、あの視線の前ですべて霞んでいった。
後ろから、追って来る足音には気付いていた。あの日リリコが私を欲しいと言った自販機の前に辿り着いたとき、振り返るとそこにはやはりリリコが立っていた。泣くかもしれない。そう思っていたのに、リリコを見て湧き上がってくるのはやはり言いようのない憎悪と傷つけたいという欲望だった。私は、リリコを取り戻すチャンスを永遠に失った。
「キヨ」
リリコは私の機嫌を伺うように名前を呼んだ。そばの生徒ホールからは誰も出てこなくて、通り過ぎるのは風ばかり。私たちの間に隔たっているものは見えるものじゃない。沈黙は続く。いまにも泣きだしそうな声で、リリコはもう一度私の名を呼んだ。
私はリリコにたった一言、言葉を投げた。それは、リリコの想いを否定し、リリコと茅ヶ崎清美の関係をいやらしく愚弄し、何より私自身を傷つける言葉だった。リリコの顔は一瞬で青ざめ、すぐさま赤くその色を変えた。涙の溜まった瞳がゆがみ、怒りでいっぱいになっていく。その目はうつくしかった。
どうして私ばっかり醜いんだろう。
満たされない。報われない。リリコはどうなったって綺麗なままでいられるのに、どうして私は綺麗じゃないんだろう。私はリリコの目から視線を背け再び吐き捨てた。
「傷の舐め合いしてて、楽しい?」
三年になると、皆それぞれ自分の進路に手一杯で他人に干渉することが減り、私にとって過ごしやすくなった。私は選抜クラスに戻ったが、今度はリリコがクラス落ちをしたらしく同じ教室にはいなかった。茅ヶ崎清美は不自然に大きな目を持ったまま、リリコの傍にいるのだろう。
笠原は、いつしか私にとって実体のないイメージのようなものになっていた。私が執着しているのは彼自身ではなく、自分を愛してくれる恋人がいるという条件だけなのではないか。私が想い続けていたつもりの彼は、いつだって私の理想をなぞった姿に過ぎなかった。そんな彼を思い続けることと他の人を好きになることとは何が違うのだろう。そう思い始めたとき私は携帯のアドレスを変え番号を変えた。笠原は何度か駅で待ち伏せをしていたけれど、やがて姿を見せなくなった。あってないようなもの。リリコが、笠原が言ったこの言葉を、自分の部屋でひとりつぶやく。重く痛む下半身を引きずるようにベッドに横たえて、私は天井を睨んでいた。まるで短い夢のようにいなくなった、かつて私をすきだった二人。
ママの帰ってくる音がした。玄関のほうに顔をのぞかせると、濡れたコンクリートのにおいがする。おかえり、と声をかけたけど、ただいまと答えるママはやっぱりこちらを見なかった。私がもし茅ヶ崎清美のように顔を変えたなら、ママは私を見てくれるだろうか。それか、リリコに似た容姿なら。リリコ。私の中で、リリコの好きなあの歌が蘇る。
私は死んでも花になれない。
作品名:雨に咆哮(桐島) 作家名:早稲田文芸会