始まりのアポカリプス
「まともに冷泉の相手をするなよ、ライカ。まともじゃなくなる」
森瑚がサンドイッチを咥えてどうでも良さそうに言う。
「うん、そうみたいだね…って違うっ!」
目的を忘れる所だった。森瑚を学校に引っ張っていくのが優先課題だ。自分で振っといてなんだけど、森瑚の意識改革は後回し。
「取り敢えず行くよ、森瑚!まだ式には間に合うからっ!」
森瑚の腕を無理矢理引っ張って椅子から立たせる。
終業式の出席は式からだけど、このままでは私も遅れてしまう。ウチの担任の「遅刻の責め苦.ver式典」は校長先生の式辞をラップ調でまとめさせる羞恥プレイで有名だ。絶対に喰らいたくない。
「って言われてもさ、僕はまだ食事中なんだけど」
「いや森瑚さん、サンドイッチくらい道中でつまめるでしょう」と雨飾さん。
「ちょっとお行儀悪いけど、そのぐらい別に良いよ。ほら鞄持って!」
「それに。パンを咥えながら焦って登校中に、出会い頭でぶつかることから始まるラブコメは王道ですしね」
「っ、そんなの駄目だよっ!?」
私はつい叫んでしまってから、思い恥じる。しまった。雨飾さんは笑みでぐっと指を立てている。
「……ライカ」
私を半目で見つめる森瑚。その目は「ほら、まともに相手するから」と言外に告げているようだった。
森瑚がコーヒーを啜る音がむなしく響く。私はすべてを迫る時間に集中することでごまかし、
「もうっ、ほら。――行くよっ!」
思えば明日から夏休みだ。長い夏が、始まろとしている。
●
「逝ってらっしゃいませ、森瑚さん」
「……お前が言うなよ、冷泉。気持ち悪い」
そんな酷い文句を残して、少年と少女の二人は教会を出て行った。ドアベルの鳴る音が響き、融け消えていく。
「新しい出会い、そしてシスター……ですか。結局、この展開は変わらないようですね」
彼らの遺したくびきは巧く働いているようだ。私はコーヒーカップを磨きつつ独りごちる。
「神の娘とでも言うべき少女。森瑚さん、それがこれから貴方が出会うことになる存在です」
当然ながら聞いている者はいない。仕方がありません、私は彼らに関われないのですから。私という存在は彼らからすれば、精々が蚊帳の向こうの蝉くらいに過ぎない。
……まあどちらが蚊帳の中にいるのかは、分かりかねますが。
「その邂逅の瞬間、再び世界は加速を始めます」
作品名:始まりのアポカリプス 作家名:マルタ=オダ