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遠くて近い、狭くて広い家

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靖孝は憧れは色々なものを美しい虚構を築くことを知った。
憧れの大人びた年上の女性がまさか十年前の自分にヤキモチを焼くなんて思わなかった。始めて繋いだ手を嬉しそうに握り替えしてくる和服姿の紗英は、十年前の紗英よりも幼く無邪気に見えた。
重いモノを脱ぎ捨てて、やっと軽くなれた紗英を見て。靖孝は月四万五千円払えるようになった自分を誇らしく思えた。

■エピローグ

「いってらしゃい!」
古い玄関の前で元気な声が響く。
「行ってきます」
送られる方は何処か困惑気味の声。
「ちょっとネクタイ曲がってない?」
送っておきながら慌てて制服姿の女の子が前に出て来て腕を伸ばす。引き摺られるようにスーツ姿がぎこちない青年が前のめりになる。
「曲がってないわよ、私がちゃんと確かめたもの」
和服姿の女性が間に入って、女の子を制止する。
「えー曲がってるよ」
「曲がってません」
「あのーもう行かないと電車間に合わないんだけど・・・・・・」
「ほら邪魔しちゃ駄目じゃない」
「ええ、絶対曲がってる。だから私がネクタイ結んであげるって言ったのに勝手にやるんだもん」
「ネクタイくらい自分で結べるよ紗英姉」
「知ってるわよそれくらい」
和服姿の二五歳の紗英があっさりと納得する。
「私は知らない」
制服姿の一五歳の紗英が反論をする。
「けど私が選んだその青色のネクタイは正解だよね」
「そう、やっぱり朱系の方が良かったんじゃないの・・・・・・」
二人が真剣に今日三度目の、靖孝のネクタイの柄について議論をかわし始めたので、靖孝はその成り行きを見守るのを止めて玄関を出た。
「あっ行ってらっしゃい!」
二人とも議論を中断して靖孝に手を振った。鏡写しのように二人は微笑みを浮かべる。一瞬にして靖孝は顔がにやけたが、再び議論が始まった姿を見て呆れながら玄関下の石階段を降りた。
視界から靖孝が消えると二人はまた対峙した。
「まったく、何であんたはまだこの家にいるのよ?」 二十五歳の紗英が一五歳の紗英の頬を抓る。
「良いじゃないのヤス君のお見送りしたかったの」
一五歳の幻の筈である紗英もしっかりと二五歳の紗英を抓り返す。
「この家に徒食者は一人で十分よ」
「二五歳にもなって無職の人に言われたくない」