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遠くて近い、狭くて広い家

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靖孝はゆっくりと近づく。和服姿の紗英は静かで、まるでどんなことも受け止められる精神の静けさを感じさせる。海岸での軽く捕まえどころのない姿とは違う、先ほど感じた儚さが消えた。それが靖孝には紗英の新しい生活に向けての覚悟の様に思えた。
景色じゃない等身大の彼女だった。
「良いの僕で?」
紗英は小さく頷いた。
「紗英姉・・・・・・」
近づく靖孝の前に、紗英は掌を広げて前へ、靖孝を制止した。
「四万五千円で良い?」
右手は四本、左手は五本の指を立てた。
「なに?」
「家賃」
「家賃?」
「お母さんの部屋しか開いてないけど、もとは寝室で広いから問題ないと思うけど。私の部屋かたづけて移動するのも面倒だし」
「良いのお母さんの部屋つかって?」
「家具は動かせないけど、今更ヤス君に気を使うのも変だしね。助かるよ、私今無職みたいなものだから家賃は自分の家だから心配しなくても良いけどね、やっぱり日本って税金とかヨーロッパ程じゃないけどそれなりに高いしね。固定収入があると無いとじゃ大違い。あれ嬉しくないの、私の家に住めて?」
「ああ、うん」
賃料には不満がなかった、この辺りでワンルーム借りたと思えばさほど高くもないし、安くもない。ただ靖孝はさっき一瞬甘い夢を見ていた自分に腹がったった。
「じゃあ帰りましょ」
そういって紗英は手を差しだした。今度は掌を広げて。
「ヤス君、ほら早く」
なんのメッセージなのだろうかと考え込む靖孝を紗英は不満そうに促した。
「えっ、敷金が五万円?」
「やあねえ、そんなもの取らないわよ」
そこまで守銭奴ではないと紗英は抗議する。
「じゃあなんだろう・・・・・・」
「決まってるでしょ?」
靖孝は暗くなり始めた景色の中、小さな紗英の手を凝視した。
「あっ、分かった」
靖孝が手を叩いて、嬉しそうに紗英が微笑む。
「礼金!」
嬉しそうに二人は顔を突き会わせる。
「バァ~カ~」
くるりと振り返って紗英は歩きはじめてしまった。
一人で真っ直ぐに暗くなり始めた鉄橋の歩道を歩く紗英を、靖孝は見送る。
ふと遠くの家を見る。
同じように十年前の紗英に笑われているように感じた。
「ああ!」
慌てて靖孝は走って紗英の横に辿り着いた、そして左手を紗英の右手に重ねた。
握った手は今朝と同じ感じがした。