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遠くて近い、狭くて広い家

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良いものなのだろうか、それとも古いものだからなのか、最近着ている洋服とは違う肌触りが心地よく、時差ボケも手伝って段々と眠くなってきた。
藍色の縞模様を羽織りながら、久しぶりの畳の感触を頬で感じた。
静かだった。
紗英はこの家には自分しか居ないのだと、静けさの中に心臓の音すらも届かないような、深い闇に取り込まれた気がした。ばかげたことかも知れないが、今の自分は死に際の母の様だと思った。思い出に沈み込み、
心臓も止まって、時間も止まって、なにも考えなくて良くなる。心地よい停止。
そんな瞬間に幕を引くように戸が開けられる音がする、不用心ながら紗英は無視することに決めて一歩も動かなかった。
床を鳴らす音が早い、随分となれた様子で真っ直ぐ寝室に進んできた。
「コラ、大事なお母さんの服をしわくちゃにしない!」
声の主は逆光で顔が見えなかった。しかし何処かで聞いた事のある声。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら散らかして、早く片付けてよ」
「誰?」
若い声だ、張りのある元気な声。 挑戦を続ける声だ。
「忘れたの?」
眠い眼を擦って紗英が顔を上げる。
「貴方は・・・・・・」
「私が分かる?」
「分からないわ」
「二度寝をしない!」
久しぶりに響いた主の声は、古い家の静寂を打ち破った。


東京の環状線から特急で東へ四十分程走ったところに横溝靖孝の家はある。
どんな家だと聞かれたら、嫌みではなく大きな家だと周りには応えている。
事業を営む両親は昔はよく人を家に招いていた。母がお手伝いさんと一緒に忙しく準備をしていたのを良く覚えている。お客さん用の寝室もある、日本では珍しい大きな洋風建築は周囲では目立った建物で小学校ではよく冷やかしの対象でもあり、話の種だった。
郊外の典型的なベットタウン、小さな商店街付の駅を降りて徒歩十分。大きな家が並ぶ閑静な住宅街。 古い家と駐車場が点在していた場所には今では綺麗な流行の欧風窓の茶色い壁の家が並んでいた。
ついこの前までヨーロッパに住んでいた靖孝には何だかオモチャが並んでいるように見えた。煉瓦の模様をしたシートを付けて作られた木造建築は何処か静寂そうに見える。必死にお金を貯めて立てた人達には申し訳ないが、自分はそんな家には住みたいとは想わなかった。