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遠くて近い、狭くて広い家

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居間の片隅の仏壇を開けた。綺麗に掃除してあるが、線香の灰が何本かある。こんな所まで靖孝は綺麗にしていた。自分より本当にまめだと感心した。
マッチで火を起こして素早く手を併せた。
紗英にとって唯一の肉親、母親の遺影と幼い頃無くなった父の遺影が並ぶ。父の遺影はただの写真だった。小さい頃無くなったので正直思い出が無い。
隣に並ぶ母の遺影は在りし日の美しい母の面影。和服を着た母の写真は正直遺影に相応しくないと思う。
紗英とは違う、収まりの良い長く艶やかな黒髪に、綺麗な眉と切れ長い瞳、落ち着いた綺麗な人だった。
健康的で美しい母の姿はこんな写真の中にしかない。
思い出すのは二つの姿、何時も和服姿で無理に紗英に手伝わせることなく、家の家事をこなしている母親の見本のような優しい顔と病床から動けなくなって、日々弱っていく姿が心に残っている。
遺影の時のような美しい母の姿はどうしてもイメージが湧かない。
和服が似合う日本人。
おかしな言葉だが、写真の母にはピッタリのイメージだった。
思い出したように紗英は奥の寝室へと足を動かした。
閉じた襖の前で一瞬躊躇する。小さな取っ手に手を掛けて止まるが、禁止されたお菓子の箱を開ける子供のように恐る恐る開けた。
暗い寝室には立派な檜のタンスがある。取り付けられた鉄製の冷たい引き具を引っ張ると、大事に仕舞われた和服が出てきた。十年近くも開けていないのに、当然のように綺麗なまま仕舞われていた。
母が亡くなってから開けていない引き出し、何故開けなかったのか自分でも分からない。
母のモノであるという意識があったからだというのは分かっていた。けれどこの箪笥だけでなく、生け垣に囲まれたこの家は全て母から紗英に受け継がれていた。
そんな実感がないのだが、誰に動かされることもなく箪笥の奥に仕舞われている服を見て始めて手に取ってみたくなった。
紗英は後先考えずに無造作に取り出して肩に羽織ってみる、古い匂いがしたが悪い気持ちはしなかった。薄暗い部屋で目を閉じる。
それでもこの和服を着た母のイメージは湧かない。だからさらに深く思い出に潜る。深く、深く、畳に沈み込むような気持ち。
やがて小さいとき良く料理をしていた時に着ていた服だと思い出した。