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遠くて近い、狭くて広い家

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「紗英姉、僕が居ることであの家から逃げるんだったらそれは不幸なことだ。やっぱりあの家に住むのは紗英姉じゃないと。いや、紗英姉はあの家に住まなくちゃいけないんだ。じゃなければあんな小さな家が有ることに意味がないよ、紗英姉の為にお母さんが残した大事なものだよ。その服と同じ、紗英姉に帰ってきて貰いたくてあの家が十年前の幻影を見せてるんじゃないのかな?」
「建築家になる人はそんなに非現実的なことばかり考えているの?」
あの現象を説明するにはそれくらいの理由しか思い付かない。しょうがないじゃないかと顔をしかめると、紗英が始めて笑った。
「結局古い家だけど私にはお母さんとの思い出が沢山詰まっている、私はそれから逃げだした」
「逃げたくなるほど大事だったんでしょ?」
「そうなのかな」
「紗英姉は何時も遠くを見てるから、近くに当たり前にあったものが無くなって怖くなったんだよきっと」
当たり前のように昔からある家。そこで母と二人で暮らした日々。今だったら、今だから幸せだったといえる。
「今日始めて家で泣いたの」
嬉しそうに紗英は呟く。
「きっかけは十年前の私だった。お母さんが亡くなる前の素直に外の世界に憧れながら暮らしていた私」
遠くの山と川に囲まれたこの土地で、遠い空を見上げている日々を思い出した。そして始めてそんな外ばっかり見ていた自分の姿を見て、自分が幸せだったということを知った。
母が居て、家がある。当たり前の事だが大変な事。母が病気の間も辛くなかったのはそんな当たり前が揃っていたからだ。
家に帰れば誰かが、母が居る。それがどれだけ幸せなことであったか。なくさなければ分からないくらい自分の中の大きな部分だった。
十年前の自分は心に大きな穴を開ける前の姿。
「いざ外の世界に出てみれば、思い出すのはこの家の事ばかり、世界中探してもここにしかないのは理屈では分かっていたのに、私は必死に十年間探した。十年前の私の目は捜し物は見つかったって聞かれているみたい。けどそんなものはやっぱり無かった」
腕を伸ばして身体を伸ばす、靖孝に向ける笑顔は子供の様に無邪気だった。
「泣いたのは悲しいからじゃないの」
和服の帯を手すりに押しつけて、腕を組んで頭を下げ川の水流を見る。
「十年探さないと分からない自分の頭の悪さにさ呆れて泣いてしまった」