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遠くて近い、狭くて広い家

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自分にはあんなに優しく自分を許すことが出来ない。お母さんが許してくれた。紗英はその場で座り込んで母が着ていた服を抱きしめた、古い記憶が甦る。
玄関を空けて何時も家事をしている母親に抱きついていた記憶が甦る。
柔らかくて暖かい記憶。
世界中探してもそんなものはこの家にしかなかった。十年間そんな当たり前のことに気が付きながらも否定して、世界中を歩き回った自分の愚かさに腹がたった。
最初から分かっていたのに、信じられなくて外に出た。山を越えて海を越えて遠くへと行ったって、何時もここに戻ってくる。
それで良いのだと言ってくれたのは昔の逃げ出す前の自分と母だった。
紗英は母の死から始めて自分の家で泣いた。
号泣と言うには静かに、けど涙が留まることなく母の着ていた服へ、一緒に暮らした家の床へと吸い込まれた。
木々に囲まれた古い家は当たり前のように、悲しみを吸い込んでも何もかわらなかった。



■四

「紗英姉」
「ヤス君」
海からの帰り道、何となく足が動いて靖孝は遠回りの鉄橋を渡る方へと歩いた。
遠くから橋の真ん中で、川を眺める紗英が居た。
「どうしたの?」
申し合わせたように二人で声を併せる。
どちらが会話を繋げる分けでもなく、そのまま二人で肩を並べた。
遠くに紗英の家が見える。生垣の緑、黒い屋根、大きな木がポツンと緑の丘に立っている。周りはなにもない小さな家。
「もう一人の私は?」
「先に帰るって・・・・・・」
「そう、楽しかった?」
「紗英姉は楽しそうだったよ。こんな事ならもっと前に連れて行ってあげれば良かったな」
海を見て瞳を輝かせていたのを思い出す。
紗英と海を見たのは初めてだった。
「昔の私はあんなに素直だったんだ」
「紗英姉?」
「ヤス君と一緒に色々なところに行けたんだねきっと、けど本当の私はあの家に居なきゃって自分を縛り付けてた」
「仕方ないよ」
「嫌なことに付き合わせちゃったねヤス君を」
「嫌だなんて思ったことは一度もないよ」
靖孝は本心でそう答えた。紗英の隣に居ることが何よりも楽しい、それは間違っていない。
「結局私は貴方にしてあげられることないね」
「どうしたの紗英姉?」
一度も顔を会わさずに、紗英は自問自答の様に話し続ける。